2024年03月31日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

復活の主日(祭)

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 20:1-9)

 さて、一週の初めの日に、朝早くまだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に行くと、墓から石がとりのけてあるのを見た。

 そこで走って、シモン・ペテロとイエスが愛しておられた、もうひとりの弟子のところへ行って、彼らに言った、「だれかが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、わかりません」。

 そこでペテロともうひとりの弟子は出かけて、墓へむかって行った。

 ふたりは一緒に走り出したが、そのもうひとりの弟子の方が、ペテロよりも早く走って先に墓に着き、

 そして身をかがめてみると、亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、中へははいらなかった。

 シモン・ペテロも続いてきて、墓の中にはいった。彼は亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、

 イエスの頭に巻いてあった布は亜麻布のそばにはなくて、はなれた別の場所にくるめてあった。

 すると、先に墓に着いたもうひとりの弟子もはいってきて、これを見て信じた。

 しかし、彼らは死人のうちからイエスがよみがえるべきことをしるした聖句を、まだ悟っていなかった。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 20:1-9)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc5_50_1.mp3

<こうじ神父 今週の説教>
(ヨハネによる福音 20:1-9)
http://blog.goo.ne.jp/knkouji/

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

復活の主日(祭)

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 20:1-9)

20:1
 さて、一週の初めの日に、朝早くまだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に行くと、墓から石がとりのけてあるのを見た。

20:2
 そこで走って、シモン・ペテロとイエスが愛しておられた、もうひとりの弟子のところへ行って、彼らに言った、「だれかが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、わかりません」。

20:3
 そこでペテロともうひとりの弟子は出かけて、墓へむかって行った。

20:4
 ふたりは一緒に走り出したが、そのもうひとりの弟子の方が、ペテロよりも早く走って先に墓に着き、

20:5
 そして身をかがめてみると、亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、中へははいらなかった。

20:6
 シモン・ペテロも続いてきて、墓の中にはいった。彼は亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、

20:7
 イエスの頭に巻いてあった布は亜麻布のそばにはなくて、はなれた別の場所にくるめてあった。

20:8
 すると、先に墓に着いたもうひとりの弟子もはいってきて、これを見て信じた。

20:9
 しかし、彼らは死人のうちからイエスがよみがえるべきことをしるした聖句を、まだ悟っていなかった。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 20:1-9)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc5_50_1.mp3

<こうじ神父 今週の説教>
(ヨハネによる福音 20:1-9)
http://blog.goo.ne.jp/knkouji/

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(使徒行伝 10:34a, 37-43)

10:34a
 そこでペテロは口を開いて言った、

10:37
 それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音を述べたものです。

10:38
 神はナザレのイエスに聖霊と力とを注がれました。このイエスは、神が共におられるので、よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。

10:39
 わたしたちは、イエスがこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人であります。人々はこのイエスを木にかけて殺したのです。

10:40
 しかし神はイエスを三日目によみがえらせ、

10:41
 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人としてあらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。わたしたちは、イエスが死人の中から復活された後、共に飲食しました。

10:42
 それから、イエスご自身が生者と死者との審判者として神に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、またあかしするようにと、神はわたしたちにお命じになったのです。

10:43
 預言者たちもみな、イエスを信じる者はことごとく、その名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。

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(コロサイ人への手紙 3:1-4)

3:1
 このように、あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。

3:2
 あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない。

3:3
 あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。

3:4
 わたしたちのいのちなるキリストが現れる時には、あなたがたも、キリストと共に栄光のうちに現れるであろう。

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または

(コリント人への第一の手紙 5:6b-8)

5:6b
 あなたがたは、少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませることを、知らないのか。

5:7
 新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。

5:8
 ゆえに、わたしたちは、古いパン種や、また悪意と邪悪とのパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭をしようではないか。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

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 Today's Bible story *

March 31, 2024

Have a good day!

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Easter Sunday The Resurrection of the Lord
The Mass of Easter Day

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Gospel : John 20:1-9

1 Now on the first day of the week, Mary Magdalene went early, while it was still dark, to the tomb, and saw that the stone had been taken away from the tomb.

2 Therefore she ran and came to Simon Peter and to the other disciple whom Jesus loved, and said to them, “They have taken away the Lord out of the tomb, and we don’t know where they have laid him!”

3 Therefore Peter and the other disciple went out, and they went toward the tomb.

4 They both ran together. The other disciple outran Peter and came to the tomb first.

5 Stooping and looking in, he saw the linen cloths lying there; yet he didn’t enter in.

6 Then Simon Peter came, following him, and entered into the tomb. He saw the linen cloths lying,

7 and the cloth that had been on his head, not lying with the linen cloths, but rolled up in a place by itself.

8 So then the other disciple who came first to the tomb also entered in, and he saw and believed.

9 For as yet they didn’t know the Scripture, that he must rise from the dead.

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Acts 10:34a, 37-43

34a Peter opened his mouth and said,

37 you yourselves know what happened, which was proclaimed throughout all Judea, beginning from Galilee, after the baptism which John preached;

38 how God anointed Jesus of Nazareth with the Holy Spirit and with power, who went about doing good and healing all who were oppressed by the devil, for God was with him.

39 We are witnesses of everything he did both in the country of the Jews and in Jerusalem; whom they also‡ killed, hanging him on a tree.

40 God raised him up the third day and gave him to be revealed,

41 not to all the people, but to witnesses who were chosen before by God, to us, who ate and drank with him after he rose from the dead.

42 He commanded us to preach to the people and to testify that this is he who is appointed by God as the Judge of the living and the dead.

43 All the prophets testify about him, that through his name everyone who believes in him will receive remission of sins.”

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Colossians 3:1-4

1 If then you were raised together with Christ, seek the things that are above, where Christ is, seated on the right hand of God.

2 Set your mind on the things that are above, not on the things that are on the earth.

3 For you died, and your life is hidden with Christ in God.

4 When Christ, our life, is revealed, then you will also be revealed with him in glory.

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OR

1 Corinthians 5:6b-8

6b Don’t you know that a little yeast leavens the whole lump?

7 Purge out the old yeast, that you may be a new lump, even as you are unleavened. For indeed Christ, our Passover, has been sacrificed in our place.

8 Therefore let’s keep the feast, not with old yeast, neither with the yeast of malice and wickedness, but with the unleavened bread of sincerity and truth.

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* The World English Bible
http://ebible.org/web/

◇ Daily Mass Reading Podcast For March 31, 2024
https://bible.usccb.org/podcasts/audio/daily-mass-reading-podcast-march-31-2024

◇ Daily Readings March 31, 2024
http://www.usccb.org/bible/readings/033124.cfm

◇ Abiding Radio Instrumental (BGM)
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

◇ Today's Bible Story
http://todaysbiblestory.seesaa.net/

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2024年03月30日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

聖土曜日

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<今日の聖書物語 *>

(マルコによる福音 16:1-7)

 さて、安息日が終ったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとが、行ってイエスに塗るために、香料を買い求めた。

 そして週の初めの日に、早朝、日の出のころ墓に行った。

 そして、彼らは「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。

 ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。

 墓の中にはいると、右手に真白な長い衣を着た若者がすわっているのを見て、非常に驚いた。

 するとこの若者は言った、「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない。ごらんなさい、ここがお納めした場所である。

 今から弟子たちとペテロとの所へ行って、こう伝えなさい。イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて、あなたがたに言われたとおり、そこでお会いできるであろう、と」。

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(創世記 1:1--2:2)

 はじめに神は天と地とを創造された。

 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。

 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。

 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。

 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。

 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。

 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。

 神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。

 神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。

 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。

 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。

 夕となり、また朝となった。第三日である。

 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、

 天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。

 神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。

 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、

 昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。 1:19夕となり、また朝となった。第四日である。

 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。

 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。

 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。

 夕となり、また朝となった。第五日である。

 神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。

 神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。

 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。

 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。

 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。

 また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。

 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

 こうして天と地と、その万象とが完成した。 2:2神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。

 神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。

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(創世記 22:1-18)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/genesis.html

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(出エジプト記 14:15--15:1a)

 主はモーセに言われた、「あなたは、なぜわたしにむかって叫ぶのか。イスラエルの人々に語って彼らを進み行かせなさい。

 あなたはつえを上げ、手を海の上にさし伸べてそれを分け、イスラエルの人々に海の中のかわいた地を行かせなさい。

 わたしがエジプトびとの心をかたくなにするから、彼らはそのあとを追ってはいるであろう。こうしてわたしはパロとそのすべての軍勢および戦車と騎兵とを打ち破って誉を得よう。

 わたしがパロとその戦車とその騎兵とを打ち破って誉を得るとき、エジプトびとはわたしが主であることを知るであろう」。

 このとき、イスラエルの部隊の前に行く神の使は移って彼らのうしろに行った。雲の柱も彼らの前から移って彼らのうしろに立ち、

 エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれと近づくことなく、夜がすぎた。

 モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分かれた。

 イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。

 エジプトびとは追ってきて、パロのすべての馬と戦車と騎兵とは、彼らのあとについて海の中にはいった。

 暁の更に、主は火と雲の柱のうちからエジプトびとの軍勢を見おろして、エジプトびとの軍勢を乱し、

 その戦車の輪をきしらせて、進むのに重くされたので、エジプトびとは言った、「われわれはイスラエルを離れて逃げよう。主が彼らのためにエジプトびとと戦う」。

 そのとき主はモーセに言われた、「あなたの手を海の上にさし伸べて、水をエジプトびとと、その戦車と騎兵との上に流れ返らせなさい」。

 モーセが手を海の上にさし伸べると、夜明けになって海はいつもの流れに返り、エジプトびとはこれにむかって逃げたが、主はエジプトびとを海の中に投げ込まれた。

 水は流れ返り、イスラエルのあとを追って海にはいった戦車と騎兵およびパロのすべての軍勢をおおい、ひとりも残らなかった。

 しかし、イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。

 このように、主はこの日イスラエルをエジプトびとの手から救われた。イスラエルはエジプトびとが海べに死んでいるのを見た。

 イスラエルはまた、主がエジプトびとに行われた大いなるみわざを見た。それで民は主を恐れ、主とそのしもべモーセとを信じた。

 そこでモーセとイスラエルの人々は、この歌を主にむかって歌った。

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(イザヤ書 54:5-14)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/isaiah.html

(イザヤ書 55:1-11)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/isaiah.html

(バルク書「旧約聖書続編」3:9-15, 32--4:4)
http://www.bible.or.jp/read/vers_search/titlechapter.html

(エゼキエル書 36:16-17a, 18-28)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/ezekiel.html

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(ローマ人への手紙 6:3-11)

 それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。

 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

 わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

 それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。

 もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。

 キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。

 なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。

 このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

聖土曜日

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<今日の聖書物語 *>

(マルコによる福音 16:1-7)

16:1
 さて、安息日が終ったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとが、行ってイエスに塗るために、香料を買い求めた。

16:2
 そして週の初めの日に、早朝、日の出のころ墓に行った。

16:3
 そして、彼らは「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。

16:4
 ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。

16:5
 墓の中にはいると、右手に真白な長い衣を着た若者がすわっているのを見て、非常に驚いた。

16:6
 するとこの若者は言った、「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない。ごらんなさい、ここがお納めした場所である。

16:7
 今から弟子たちとペテロとの所へ行って、こう伝えなさい。イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて、あなたがたに言われたとおり、そこでお会いできるであろう、と」。

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読書1
(創世記 1:1--2:2)

1:1
 はじめに神は天と地とを創造された。

1:2
 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。

1:3
 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

1:4
 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。

1:5
 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。

1:6
 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。

1:7
 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。

1:8
 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。

1:9
 神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。

1:10
 神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。

1:11
 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。

1:12
 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。

1:13
 夕となり、また朝となった。第三日である。

1:14
 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、

1:15
 天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。

1:16
 神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。

1:17
 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、

1:18
 昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。 1:19夕となり、また朝となった。第四日である。

1:20
 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。

1:21
 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。

1:22
 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。

1:23
 夕となり、また朝となった。第五日である。

1:24
 神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。

1:25
 神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。

1:26
 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。

1:27
 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

1:28
 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。

1:29
 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。

1:30
 また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。

1:31
 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

2:1
 こうして天と地と、その万象とが完成した。 2:2神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。

2:3
 神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。

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読書2
(創世記 22:1-18)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/genesis.html

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読書3
(出エジプト記 14:15--15:1a)

14:15
 主はモーセに言われた、「あなたは、なぜわたしにむかって叫ぶのか。イスラエルの人々に語って彼らを進み行かせなさい。

14:16
 あなたはつえを上げ、手を海の上にさし伸べてそれを分け、イスラエルの人々に海の中のかわいた地を行かせなさい。

14:17
 わたしがエジプトびとの心をかたくなにするから、彼らはそのあとを追ってはいるであろう。こうしてわたしはパロとそのすべての軍勢および戦車と騎兵とを打ち破って誉を得よう。

14:18
 わたしがパロとその戦車とその騎兵とを打ち破って誉を得るとき、エジプトびとはわたしが主であることを知るであろう」。

14:19
 このとき、イスラエルの部隊の前に行く神の使は移って彼らのうしろに行った。雲の柱も彼らの前から移って彼らのうしろに立ち、

14:20
 エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれと近づくことなく、夜がすぎた。

14:21
 モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分かれた。

14:22
 イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。

14:23
 エジプトびとは追ってきて、パロのすべての馬と戦車と騎兵とは、彼らのあとについて海の中にはいった。

14:24
 暁の更に、主は火と雲の柱のうちからエジプトびとの軍勢を見おろして、エジプトびとの軍勢を乱し、

14:25
 その戦車の輪をきしらせて、進むのに重くされたので、エジプトびとは言った、「われわれはイスラエルを離れて逃げよう。主が彼らのためにエジプトびとと戦う」。

14:26
 そのとき主はモーセに言われた、「あなたの手を海の上にさし伸べて、水をエジプトびとと、その戦車と騎兵との上に流れ返らせなさい」。

14:27
 モーセが手を海の上にさし伸べると、夜明けになって海はいつもの流れに返り、エジプトびとはこれにむかって逃げたが、主はエジプトびとを海の中に投げ込まれた。

14:28
 水は流れ返り、イスラエルのあとを追って海にはいった戦車と騎兵およびパロのすべての軍勢をおおい、ひとりも残らなかった。

14:29
 しかし、イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。

14:30
 このように、主はこの日イスラエルをエジプトびとの手から救われた。イスラエルはエジプトびとが海べに死んでいるのを見た。

14:31
 イスラエルはまた、主がエジプトびとに行われた大いなるみわざを見た。それで民は主を恐れ、主とそのしもべモーセとを信じた。

15:1a
 そこでモーセとイスラエルの人々は、この歌を主にむかって歌った。

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読書4
(イザヤ書 54:5-14)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/isaiah.html

読書5
(イザヤ書 55:1-11)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/isaiah.html

読書6
(バルク書「旧約聖書続編」3:9-15, 32--4:4)
http://www.bible.or.jp/read/vers_search/titlechapter.html

読書7
(エゼキエル書 36:16-17a, 18-28)
http://bible.salterrae.net/kougo/html/ezekiel.html

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書簡
(ローマ人への手紙 6:3-11)

6:3
 それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。

6:4
 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

6:5
 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

6:6
 わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

6:7
 それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。

6:8
 もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。

6:9
 キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。

6:10
 なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。

6:11
 このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

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 Today's Bible story *

March 30, 2024

Have a good day!

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Holy Saturday At the Easter Vigil in the Holy Night of Easter
Easter Sunday The Resurrection of the Lord

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Gospel : Mark 16:1-7

1 When the Sabbath was past, Mary Magdalene, and Mary the mother of James, and Salome bought spices, that they might come and anoint him.

2 Very early on the first day of the week, they came to the tomb when the sun had risen.

3 They were saying among themselves, “Who will roll away the stone from the door of the tomb for us?”

4 for it was very big. Looking up, they saw that the stone was rolled back.

5 Entering into the tomb, they saw a young man sitting on the right side, dressed in a white robe; and they were amazed.

6 He said to them, “Don’t be amazed. You seek Jesus, the Nazarene, who has been crucified. He has risen! He is not here. See the place where they laid him!

7 But go, tell his disciples and Peter, ‘He goes before you into Galilee. There you will see him, as he said to you.’ ”

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Reading I

Genesis 1:1--2:2

1:1 In the beginning, God created the heavens and the earth.

2 The earth was formless and empty. Darkness was on the surface of the deep and God’s Spirit was hovering over the surface of the waters.

3 God said, “Let there be light,” and there was light.

4 God saw the light, and saw that it was good. God divided the light from the darkness.

5 God called the light “day”, and the darkness he called “night”. There was evening and there was morning, the first day.

6 God said, “Let there be an expanse in the middle of the waters, and let it divide the waters from the waters.”

7 God made the expanse, and divided the waters which were under the expanse from the waters which were above the expanse; and it was so.

8 God called the expanse “sky”. There was evening and there was morning, a second day.

9 God said, “Let the waters under the sky be gathered together to one place, and let the dry land appear;” and it was so.

10 God called the dry land “earth”, and the gathering together of the waters he called “seas”. God saw that it was good.

11 God said, “Let the earth yield grass, herbs yielding seeds, and fruit trees bearing fruit after their kind, with their seeds in it, on the earth;” and it was so.

12 The earth yielded grass, herbs yielding seed after their kind, and trees bearing fruit, with their seeds in it, after their kind; and God saw that it was good.

13 There was evening and there was morning, a third day.
14 God said, “Let there be lights in the expanse of the sky to divide the day from the night; and let them be for signs to mark seasons, days, and years;


15 and let them be for lights in the expanse of the sky to give light on the earth;” and it was so.
16 God made the two great lights: the greater light to rule the day, and the lesser light to rule the night. He also made the stars.

17 God set them in the expanse of the sky to give light to the earth,

18 and to rule over the day and over the night, and to divide the light from the darkness. God saw that it was good.

19 There was evening and there was morning, a fourth day.

20 God said, “Let the waters abound with living creatures, and let birds fly above the earth in the open expanse of the sky.”

21 God created the large sea creatures and every living creature that moves, with which the waters swarmed, after their kind, and every winged bird after its kind. God saw that it was good.

22 God blessed them, saying, “Be fruitful, and multiply, and fill the waters in the seas, and let birds multiply on the earth.”

23 There was evening and there was morning, a fifth day.

24 God said, “Let the earth produce living creatures after their kind, livestock, creeping things, and animals of the earth after their kind;” and it was so.

25 God made the animals of the earth after their kind, and the livestock after their kind, and everything that creeps on the ground after its kind. God saw that it was good.

26 God said, “Let’s make man in our image, after our likeness. Let them have dominion over the fish of the sea, and over the birds of the sky, and over the livestock, and over all the earth, and over every creeping thing that creeps on the earth.”

27 God created man in his own image. In God’s image he created him; male and female he created them.

28 God blessed them. God said to them, “Be fruitful, multiply, fill the earth, and subdue it. Have dominion over the fish of the sea, over the birds of the sky, and over every living thing that moves on the earth.”

29 God said, “Behold, I have given you every herb yielding seed, which is on the surface of all the earth, and every tree, which bears fruit yielding seed. It will be your food.

30 To every animal of the earth, and to every bird of the sky, and to everything that creeps on the earth, in which there is life, I have given every green herb for food;” and it was so.

31 God saw everything that he had made, and, behold, it was very good. There was evening and there was morning, a sixth day.

2:1 The heavens, the earth, and all their vast array were finished.

2 On the seventh day God finished his work which he had done; and he rested on the seventh day from all his work which he had done.

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Reading II
Genesis 22:1-18
https://ebible.org/web/GEN22.htm

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Reading III

Exodus 14:15--15:1

15 Yahweh said to Moses, “Why do you cry to me? Speak to the children of Israel, that they go forward.

16 Lift up your rod, and stretch out your hand over the sea and divide it. Then the children of Israel shall go into the middle of the sea on dry ground.

17 Behold, I myself will harden the hearts of the Egyptians, and they will go in after them. I will get myself honor over Pharaoh, and over all his armies, over his chariots, and over his horsemen.

18 The Egyptians shall know that I am Yahweh when I have gotten myself honor over Pharaoh, over his chariots, and over his horsemen.”

19 The angel of God, who went before the camp of Israel, moved and went behind them; and the pillar of cloud moved from before them, and stood behind them.

20 It came between the camp of Egypt and the camp of Israel. There was the cloud and the darkness, yet it gave light by night. One didn’t come near the other all night.

21 Moses stretched out his hand over the sea, and Yahweh caused the sea to go back by a strong east wind all night, and made the sea dry land, and the waters were divided.

22 The children of Israel went into the middle of the sea on the dry ground; and the waters were a wall to them on their right hand and on their left.

23 The Egyptians pursued, and went in after them into the middle of the sea: all of Pharaoh’s horses, his chariots, and his horsemen.

24 In the morning watch, Yahweh looked out on the Egyptian army through the pillar of fire and of cloud, and confused the Egyptian army.

25 He took off their chariot wheels, and they drove them heavily; so that the Egyptians said, “Let’s flee from the face of Israel, for Yahweh fights for them against the Egyptians!”

26 Yahweh said to Moses, “Stretch out your hand over the sea, that the waters may come again on the Egyptians, on their chariots, and on their horsemen.”

27 Moses stretched out his hand over the sea, and the sea returned to its strength when the morning appeared; and the Egyptians fled against it. Yahweh overthrew the Egyptians in the middle of the sea.

28 The waters returned, and covered the chariots and the horsemen, even all Pharaoh’s army that went in after them into the sea. There remained not so much as one of them.

29 But the children of Israel walked on dry land in the middle of the sea, and the waters were a wall to them on their right hand and on their left.

30 Thus Yahweh saved Israel that day out of the hand of the Egyptians; and Israel saw the Egyptians dead on the seashore.

31 Israel saw the great work which Yahweh did to the Egyptians, and the people feared Yahweh; and they believed in Yahweh and in his servant Moses.

15:1 Then Moses and the children of Israel sang this song to Yahweh, and said,
“I will sing to Yahweh, for he has triumphed gloriously.
He has thrown the horse and his rider into the sea.

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Reading IV
Isaiah 54:5-14
https://ebible.org/web/ISA54.htm

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Reading V
Isaiah 55:1-11
https://ebible.org/web/ISA55.htm

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Reading VI
Baruch 3:9-15, 32--4:4
https://ebible.org/web/BAR03.htm

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Reading VII
Ezekiel 36:16-17a, 18-28
https://ebible.org/web/EZK36.htm

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Epistle

Romans 6:3-11

3 Or don’t you know that all of us who were baptized into Christ Jesus were baptized into his death?

4 We were buried therefore with him through baptism into death, that just as Christ was raised from the dead through the glory of the Father, so we also might walk in newness of life.

5 For if we have become united with him in the likeness of his death, we will also be part of his resurrection;

6 knowing this, that our old man was crucified with him, that the body of sin might be done away with, so that we would no longer be in bondage to sin.

7 For he who has died has been freed from sin.

8 But if we died with Christ, we believe that we will also live with him,

9 knowing that Christ, being raised from the dead, dies no more. Death no longer has dominion over him!

10 For the death that he died, he died to sin one time; but the life that he lives, he lives to God.

11 Thus consider yourselves also to be dead to sin, but alive to God in Christ Jesus our Lord.

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* The World English Bible
http://ebible.org/web/

◇ Daily Mass Reading Podcast For March 30, 2024
https://bible.usccb.org/podcasts/audio/daily-mass-reading-podcast-march-30-2024

◇ Daily Readings March 30, 2024
http://www.usccb.org/bible/readings/033024.cfm

◇ Abiding Radio Instrumental (BGM)
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

◇ Today's Bible Story
http://todaysbiblestory.seesaa.net/

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2024年03月29日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

★2<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 18:1--19:42)

聖金曜日・主の受難

<今日の『み言葉』>

み言葉について

・主の受難 1

 私たちは死ななければ、新しい生命を生きることはできない。

「神の子が罪のために死んだ」のはそのことを表すものです。おんひとり子もまた例外ではなかったのです。

しかし、決定的に違うことがひとつだけあります。それは御父の徹底した愛の故に、私たちの罪のために、罪を担って死んでくださったということです。

他の誰でもない、この私のために死んでくださったということです。

私がどんな人間であろうとも、どんな罪を犯した人間であろうとも、私のためにいのちをかけてくださった方がいる。

 私たちは自分の罪を振り返らないわけにはいきません。

自分の小ささを見ないわけにはいきません。しかし、私は自分の罪を自分ひとりでは決して償うことはできません。

弱さを自分の力だけでは決して克服することはできません。

償えるとしたら、克服できるとしたら、愛だけだと思うのです。

私のすべてを、何もかも引き受けてくださった愛だけでしょう。

 今日はそのことを黙想し、味わう日です。私を徹底的に愛しぬいてくださった、下さっている方がおひとりだけおられる。

そして、私だけではなく、私たちすべてを愛しておられる方がいる。

その愛において私たちはすべてつながっていることを思い起こしたいと思います。

 最後にキリスト者の詩人、八木重吉が残したひとつの詩を紹介したいと思います。

「十字架は悔いへのくさびである
 罪ふかくして悔いを全うし得ぬ者へのめぐみである
 何人(なにびと)でも仰ぎさえすれば救われるという約束である
 基督を見し者が信じた福音である」

someone

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_88.htm#121
より転載

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・主の受難 2

 今日の福音書では受難の朗読が行われます。

イエス・キリストが十字架上の死を遂げるまでのプロセスが順を追って、詳しく記されています。

 イエスを殺そうとするユダヤ人たちの叫び、その背後にある長老や律法学士、ファリサイ派の人々の陰謀、イエスを裏切り、銀貨三十枚の代わりにイエスを売った弟子のユダ、イエスに最後まで従うと言ったペトロの否認、「民のために一人の人が死んだほうが都合がいい」と言ったカイアファの思惑、自分の保身をはかろうとするピラト、様々な人間の思惑がそこに表れています。人間がいかに利己的な存在であるかがそこに表れています。

 これらの人々の様々な思惑がイエスの十字架上の死の出来事に係わっていきます。

しかし、十字架の出来事の根底には神の考え、神の御旨が秘められています。

人間のエゴがひきおこした出来事の深みに神の愛の表われがあります。

神がいかに人間を愛されているか、人間をいとおしんでいるかが見えてきます。

私たち一人一人、イエス・キリストの担った十字架の意味をしっかりと黙想したいと思います。

鈴木英史

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_89.htm#128
より転載

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・主の受難 3

十字架は愛の極み。

 たった一言で天地万物を創造された神は、同じようにたった一言で、人類全体の罪を赦し、救ってくださることもお出来になったでしょう。

しかし、神の選ばれた道は、御子をこの世に遣わし、人間と全く同じようになられ、人類の罪の身代わりとなって、十字架の道を歩まれることでした。

 血に染まった十字架は、神の愛の極みです。神の憐れみの極みです。

人類の罪がどんなにひどい神への反逆であったかを示すものです。

十字架のイエスに感謝し、十字架の功徳を讃え、十字架による救いの勝利にあずかることが出来るように祈りましょう。

坂梨四郎

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_90.htm#129
より転載

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

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 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

★1<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 18:1--19:42)

聖金曜日・主の受難

すぎこしの聖なる断食(大斎:小斎の日)

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・主の受難 1
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(ヨハネによる福音 18:1--18:27)

 イエスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。そこには園があって、イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。

 イエスを裏切ったユダは、その所をよく知っていた。イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである。

 さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。

 しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか」。

 彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである」。イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。

 イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。

 そこでまた彼らに、「だれを捜しているのか」とお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスを」と言った。

 イエスは答えられた、「わたしがそれであると、言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちを去らせてもらいたい」。

 それは、「あなたが与えて下さった人たちの中のひとりも、わたしは失わなかった」とイエスの言われた言葉が、成就するためである。

 シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。

 すると、イエスはペテロに言われた、「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」。

 それから一隊の兵卒やその千卒長やユダヤ人の下役どもが、イエスを捕え、縛りあげて、

 まずアンナスのところに引き連れて行った。彼はその年の大祭司カヤパのしゅうとであった。

 カヤパは前に、ひとりの人が民のために死ぬのはよいことだと、ユダヤ人に助言した者であった。

 シモン・ペテロともうひとりの弟子とが、イエスについて行った。この弟子は大祭司の知り合いであったので、イエスと一緒に大祭司の中庭にはいった。

 しかし、ペテロは外で戸口に立っていた。すると大祭司の知り合いであるその弟子が、外に出て行って門番の女に話し、ペテロを内に入れてやった。

 すると、この門番の女がペテロに言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではありませんか」。ペテロは「いや、そうではない」と答えた。

 僕や下役どもは、寒い時であったので、炭火をおこし、そこに立ってあたっていた。ペテロもまた彼らに交じり、立ってあたっていた。

 大祭司はイエスに、弟子たちのことやイエスの教のことを尋ねた。

 イエスは答えられた、「わたしはこの世に対して公然と語ってきた。すべてのユダヤ人が集まる会堂や宮で、いつも教えていた。何事も隠れて語ったことはない。

 なぜ、わたしに尋ねるのか。わたしが彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。わたしの言ったことは、彼らが知っているのだから」。

 イエスがこう言われると、そこに立っていた下役のひとりが、「大祭司にむかって、そのような答をするのか」と言って、平手でイエスを打った。

 イエスは答えられた、「もしわたしが何か悪いことを言ったのなら、その悪い理由を言いなさい。しかし、正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」。

 それからアンナスは、イエスを縛ったまま大祭司カヤパのところへ送った。

 シモン・ペテロは、立って火にあたっていた。すると人々が彼に言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではないか」。彼はそれをうち消して、「いや、そうではない」と言った。

 大祭司の僕のひとりで、ペテロに耳を切りおとされた人の親族の者が言った、「あなたが園であの人と一緒にいるのを、わたしは見たではないか」。

 ペテロはまたそれを打ち消した。するとすぐに、鶏が鳴いた。

(ヨハネによる福音 18:1--18:27)朗読
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_121_1.mp3

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・主の受難 2
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(ヨハネによる福音 18:28--19:16)

 それから人々は、イエスをカヤパのところから官邸につれて行った。時は夜明けであった。彼らは、けがれを受けないで過越の食事ができるように、官邸にはいらなかった。

 そこで、ピラトは彼らのところに出てきて言った、「あなたがたは、この人に対してどんな訴えを起すのか」。

 彼らはピラトに答えて言った、「もしこの人が悪事をはたらかなかったなら、あなたに引き渡すようなことはしなかったでしょう」。

 そこでピラトは彼らに言った、「あなたがたは彼を引き取って、自分たちの律法でさばくがよい」。ユダヤ人らは彼に言った、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」。

 これは、ご自身がどんな死にかたをしようとしているかを示すために言われたイエスの言葉が、成就するためである。

 さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。

 イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。

 ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。

 イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。

 そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。

 ピラトはイエスに言った、「真理とは何か」。こう言って、彼はまたユダヤ人の所に出て行き、彼らに言った、「わたしには、この人になんの罪も見いだせない。

 過越の時には、わたしがあなたがたのために、ひとりの人を許してやるのが、あなたがたのしきたりになっている。ついては、あなたがたは、このユダヤ人の王を許してもらいたいのか」。

 すると彼らは、また叫んで「その人ではなく、バラバを」と言った。このバラバは強盗であった。

 そこでピラトは、イエスを捕え、むちで打たせた。

 兵卒たちは、いばらで冠をあんで、イエスの頭にかぶらせ、紫の上着を着せ、

 それから、その前に進み出て、「ユダヤ人の王、ばんざい」と言った。そして平手でイエスを打ちつづけた。

 するとピラトは、また出て行ってユダヤ人たちに言った、「見よ、わたしはこの人をあなたがたの前に引き出すが、それはこの人になんの罪も見いだせないことを、あなたがたに知ってもらうためである」。

 イエスはいばらの冠をかぶり、紫の上着を着たままで外へ出られると、ピラトは彼らに言った、「見よ、この人だ」。

 祭司長たちや下役どもはイエスを見ると、叫んで「十字架につけよ、十字架につけよ」と言った。ピラトは彼らに言った、「あなたがたが、この人を引き取って十字架につけるがよい。わたしは、彼にはなんの罪も見いだせない」。

 ユダヤ人たちは彼に答えた、「わたしたちには律法があります。その律法によれば、彼は自分を神の子としたのだから、死罪に当る者です」。

 ピラトがこの言葉を聞いたとき、ますますおそれ、

 もう一度官邸にはいってイエスに言った、「あなたは、もともと、どこからきたのか」。しかし、イエスはなんの答もなさらなかった。

 そこでピラトは言った、「何も答えないのか。わたしには、あなたを許す権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのか」。

 イエスは答えられた、「あなたは、上から賜わるのでなければ、わたしに対してなんの権威もない。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪は、もっと大きい」。

 これを聞いて、ピラトはイエスを許そうと努めた。しかしユダヤ人たちが叫んで言った、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です」。

 ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外へ引き出して行き、敷石(ヘブル語ではガバタ)という場所で裁判の席についた。

 その日は過越の準備の日であって、時は昼の十二時ころであった。ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。

 すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。ピラトは彼らに言った、「あなたがたの王を、わたしが十字架につけるのか」。祭司長たちは答えた、「わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。

 そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。
彼らはイエスを引き取った。

(ヨハネによる福音 18:28--19:16)朗読
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_128_1.mp3

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・主の受難 3
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(ヨハネによる福音 19:17--19:42)

 イエスはみずから十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴダ)という場所に出て行かれた。

 彼らはそこで、イエスを十字架につけた。イエスをまん中にして、ほかのふたりの者を両側に、イエスと一緒に十字架につけた。

 ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上にかけさせた。それには「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と書いてあった。

 イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。それはヘブル、ローマ、ギリシヤの国語で書いてあった。

 ユダヤ人の祭司長たちがピラトに言った、「『ユダヤ人の王』と書かずに、『この人はユダヤ人の王と自称していた』と書いてほしい」。

 ピラトは答えた、「わたしが書いたことは、書いたままにしておけ」。

 さて、兵卒たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。また下着を手に取ってみたが、それには縫い目がなく、上の方から全部一つに織ったものであった。

 そこで彼らは互に言った、「それを裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう」。これは、「彼らは互にわたしの上着を分け合い、わたしの衣をくじ引にした」という聖書が成就するためで、兵卒たちはそのようにしたのである。

 さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。

 イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。

 それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。

 そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。

 そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。

 すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。

 さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。

 そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。

 しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。

 しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。

 それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信ずるようになるためである。

 これらのことが起ったのは、「その骨はくだかれないであろう」との聖書の言葉が、成就するためである。

 また聖書のほかのところに、「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」とある。

 そののち、ユダヤ人をはばかって、ひそかにイエスの弟子となったアリマタヤのヨセフという人が、イエスの死体を取りおろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトはそれを許したので、彼はイエスの死体を取りおろしに行った。

 また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。

 彼らは、イエスの死体を取りおろし、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布で巻いた。

 イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。

 その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、イエスをそこに納めた。

(ヨハネによる福音 19:17--19:16)朗読
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_129_1.mp3

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
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 Kyohno Seisho Monogatari

★3<今日の聖書物語 *>

聖金曜日・主の受難

すぎこしの聖なる断食(大斎:小斎の日)

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(イザヤ書 52:13--53:12)

52:13
 見よ、わがしもべは栄える。
彼は高められ、あげられ、ひじょうに高くなる。

52:14
 多くの人が彼に驚いたように――
彼の顔だちは、そこなわれて人と異なり、
その姿は人の子と異なっていたからである――

52:15
 彼は多くの国民を驚かす。
王たちは彼のゆえに口をつむぐ。
それは彼らがまだ伝えられなかったことを見、
まだ聞かなかったことを悟るからだ。

53:1
 だれがわれわれの聞いたことを
信じ得たか。
主の腕は、だれにあらわれたか。

53:2
 彼は主の前に若木のように、
かわいた土から出る根のように育った。
彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、
われわれの慕うべき美しさもない。

53:3
 彼は侮られて人に捨てられ、
悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、
彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

53:4
 まことに彼はわれわれの病を負い、
われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、
彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

53:5
 しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、
われわれの不義のために砕かれたのだ。
彼はみずから懲しめをうけて、
われわれに平安を与え、
その打たれた傷によって、
われわれはいやされたのだ。

53:6
 われわれはみな羊のように迷って、
おのおの自分の道に向かって行った。
主はわれわれすべての者の不義を、
彼の上におかれた。

53:7
 彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、
口を開かなかった。
ほふり場にひかれて行く小羊のように、
また毛を切る者の前に黙っている羊のように、
口を開かなかった。

53:8
 彼は暴虐なさばきによって取り去られた。
その代の人のうち、だれが思ったであろうか、
彼はわが民のとがのために打たれて、
生けるものの地から断たれたのだと。

53:9
 彼は暴虐を行わず、
その口には偽りがなかったけれども、
その墓は悪しき者と共に設けられ、
その塚は悪をなす者と共にあった。

53:10
 しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、
主は彼を悩まされた。
彼が自分を、とがの供え物となすとき、
その子孫を見ることができ、
その命をながくすることができる。
かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。

53:11
 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。
義なるわがしもべはその知識によって、
多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。

53:12
 それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に
物を分かち取らせる。
彼は強い者と共に獲物を分かち取る。
これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、
とがある者と共に数えられたからである。
しかも彼は多くの人の罪を負い、
とがある者のためにとりなしをした。

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(ヘブル人への手紙 4:14-16, 5:7-9)

4:14
 さて、わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエスがいますのであるから、わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではないか。

4:15
 この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。

4:16
 だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。

5:7
 キリストは、その肉の生活の時には、激しい叫びと涙とをもって、ご自分を死から救う力のあるかたに、祈と願いとをささげ、そして、その深い信仰のゆえに聞きいれられたのである。

5:8
 彼は御子であられたにもかかわらず、さまざまの苦しみによって従順を学び、

5:9
 そして、全き者とされたので、彼に従順であるすべての人に対して、永遠の救の源となり、

5:10
 神によって、メルキゼデクに等しい大祭司と、となえられたのである。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

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 Kyohno Seisho Monogatari

★2<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 18:1--19:42)

聖金曜日・主の受難 1、2、3

すぎこしの聖なる断食(大斎:小斎の日)

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・主の受難 3
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(ヨハネによる福音 19:17--19:42)

19:17
 イエスはみずから十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴダ)という場所に出て行かれた。

19:18
 彼らはそこで、イエスを十字架につけた。イエスをまん中にして、ほかのふたりの者を両側に、イエスと一緒に十字架につけた。

19:19
 ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上にかけさせた。それには「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と書いてあった。

19:20
 イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。それはヘブル、ローマ、ギリシヤの国語で書いてあった。

19:21
 ユダヤ人の祭司長たちがピラトに言った、「『ユダヤ人の王』と書かずに、『この人はユダヤ人の王と自称していた』と書いてほしい」。

19:22
 ピラトは答えた、「わたしが書いたことは、書いたままにしておけ」。

19:23
 さて、兵卒たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。また下着を手に取ってみたが、それには縫い目がなく、上の方から全部一つに織ったものであった。

19:24
 そこで彼らは互に言った、「それを裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう」。これは、「彼らは互にわたしの上着を分け合い、わたしの衣をくじ引にした」という聖書が成就するためで、兵卒たちはそのようにしたのである。

19:25
 さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。

19:26
 イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。

19:27
 それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。

19:28
 そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。

19:29
 そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。

19:30
 すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。

19:31
 さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。

19:32
 そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。

19:33
 しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。

19:34
 しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。

19:35
 それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信ずるようになるためである。

19:36
 これらのことが起ったのは、「その骨はくだかれないであろう」との聖書の言葉が、成就するためである。

19:37
 また聖書のほかのところに、「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」とある。

19:38
 そののち、ユダヤ人をはばかって、ひそかにイエスの弟子となったアリマタヤのヨセフという人が、イエスの死体を取りおろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトはそれを許したので、彼はイエスの死体を取りおろしに行った。

19:39
 また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。

19:40
 彼らは、イエスの死体を取りおろし、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布で巻いた。

19:41
 イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。

19:42
 その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、イエスをそこに納めた。

(ヨハネによる福音 19:17--19:16)朗読
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_129_1.mp3

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<今日の『み言葉』>

み言葉について

・主の受難 1

(ヨハネによる福音 18:1--19:42)

 私たちは死ななければ、新しい生命を生きることはできない。

「神の子が罪のために死んだ」のはそのことを表すものです。おんひとり子もまた例外ではなかったのです。

しかし、決定的に違うことがひとつだけあります。それは御父の徹底した愛の故に、私たちの罪のために、罪を担って死んでくださったということです。

他の誰でもない、この私のために死んでくださったということです。

私がどんな人間であろうとも、どんな罪を犯した人間であろうとも、私のためにいのちをかけてくださった方がいる。

 私たちは自分の罪を振り返らないわけにはいきません。

自分の小ささを見ないわけにはいきません。しかし、私は自分の罪を自分ひとりでは決して償うことはできません。

弱さを自分の力だけでは決して克服することはできません。

償えるとしたら、克服できるとしたら、愛だけだと思うのです。

私のすべてを、何もかも引き受けてくださった愛だけでしょう。

 今日はそのことを黙想し、味わう日です。私を徹底的に愛しぬいてくださった、下さっている方がおひとりだけおられる。

そして、私だけではなく、私たちすべてを愛しておられる方がいる。

その愛において私たちはすべてつながっていることを思い起こしたいと思います。

 最後にキリスト者の詩人、八木重吉が残したひとつの詩を紹介したいと思います。

「十字架は悔いへのくさびである
 罪ふかくして悔いを全うし得ぬ者へのめぐみである
 何人(なにびと)でも仰ぎさえすれば救われるという約束である
 基督を見し者が信じた福音である」

someone

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_88.htm#121
より転載

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・主の受難 2

(ヨハネによる福音 18:1--19:42)

 今日の福音書では受難の朗読が行われます。イエス・キリストが十字架上の死を遂げるまでのプロセスが順を追って、詳しく記されています。

 イエスを殺そうとするユダヤ人たちの叫び、その背後にある長老や律法学士、ファリサイ派の人々の陰謀、イエスを裏切り、銀貨三十枚の代わりにイエスを売った弟子のユダ、イエスに最後まで従うと言ったペトロの否認、「民のために一人の人が死んだほうが都合がいい」と言ったカイアファの思惑、自分の保身をはかろうとするピラト、様々な人間の思惑がそこに表れています。人間がいかに利己的な存在であるかがそこに表れています。

 これらの人々の様々な思惑がイエスの十字架上の死の出来事に係わっていきます。

しかし、十字架の出来事の根底には神の考え、神の御旨が秘められています。

人間のエゴがひきおこした出来事の深みに神の愛の表われがあります。

神がいかに人間を愛されているか、人間をいとおしんでいるかが見えてきます。

私たち一人一人、イエス・キリストの担った十字架の意味をしっかりと黙想したいと思います。

鈴木英史

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_89.htm#128
より転載

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・主の受難 3

(ヨハネによる福音 18:1--19:42)

十字架は愛の極み。

 たった一言で天地万物を創造された神は、同じようにたった一言で、人類全体の罪を赦し、救ってくださることもお出来になったでしょう。

しかし、神の選ばれた道は、御子をこの世に遣わし、人間と全く同じようになられ、人類の罪の身代わりとなって、十字架の道を歩まれることでした。

 血に染まった十字架は、神の愛の極みです。神の憐れみの極みです。

人類の罪がどんなにひどい神への反逆であったかを示すものです。

十字架のイエスに感謝し、十字架の功徳を讃え、十字架による救いの勝利にあずかることが出来るように祈りましょう。

坂梨四郎

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_90.htm#129
より転載

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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

★1<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 18:1--19:42)

聖金曜日・主の受難 1、2、3

すぎこしの聖なる断食(大斎:小斎の日)

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・主の受難 1
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(ヨハネによる福音 18:1--18:27)

18:1
 イエスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。そこには園があって、イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。

18:2
 イエスを裏切ったユダは、その所をよく知っていた。イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである。

18:3
 さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。

18:4
 しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか」。

18:5
 彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである」。イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。

18:6
 イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。

18:7
 そこでまた彼らに、「だれを捜しているのか」とお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスを」と言った。

18:8
 イエスは答えられた、「わたしがそれであると、言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちを去らせてもらいたい」。

18:9
 それは、「あなたが与えて下さった人たちの中のひとりも、わたしは失わなかった」とイエスの言われた言葉が、成就するためである。

18:10
 シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。

18:11
 すると、イエスはペテロに言われた、「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」。

18:12
 それから一隊の兵卒やその千卒長やユダヤ人の下役どもが、イエスを捕え、縛りあげて、

18:13
 まずアンナスのところに引き連れて行った。彼はその年の大祭司カヤパのしゅうとであった。

18:14
 カヤパは前に、ひとりの人が民のために死ぬのはよいことだと、ユダヤ人に助言した者であった。

18:15
 シモン・ペテロともうひとりの弟子とが、イエスについて行った。この弟子は大祭司の知り合いであったので、イエスと一緒に大祭司の中庭にはいった。

18:16
 しかし、ペテロは外で戸口に立っていた。すると大祭司の知り合いであるその弟子が、外に出て行って門番の女に話し、ペテロを内に入れてやった。

18:17
 すると、この門番の女がペテロに言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではありませんか」。ペテロは「いや、そうではない」と答えた。

18:18
 僕や下役どもは、寒い時であったので、炭火をおこし、そこに立ってあたっていた。ペテロもまた彼らに交じり、立ってあたっていた。

18:19
 大祭司はイエスに、弟子たちのことやイエスの教のことを尋ねた。

18:20
 イエスは答えられた、「わたしはこの世に対して公然と語ってきた。すべてのユダヤ人が集まる会堂や宮で、いつも教えていた。何事も隠れて語ったことはない。

18:21
 なぜ、わたしに尋ねるのか。わたしが彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。わたしの言ったことは、彼らが知っているのだから」。

18:22
 イエスがこう言われると、そこに立っていた下役のひとりが、「大祭司にむかって、そのような答をするのか」と言って、平手でイエスを打った。

18:23
 イエスは答えられた、「もしわたしが何か悪いことを言ったのなら、その悪い理由を言いなさい。しかし、正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」。

18:24
 それからアンナスは、イエスを縛ったまま大祭司カヤパのところへ送った。

18:25
 シモン・ペテロは、立って火にあたっていた。すると人々が彼に言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではないか」。彼はそれをうち消して、「いや、そうではない」と言った。

18:26
 大祭司の僕のひとりで、ペテロに耳を切りおとされた人の親族の者が言った、「あなたが園であの人と一緒にいるのを、わたしは見たではないか」。

18:27
 ペテロはまたそれを打ち消した。するとすぐに、鶏が鳴いた。

(ヨハネによる福音 18:1--18:27)朗読
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_121_1.mp3

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・主の受難 2
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(ヨハネによる福音 18:28--19:16)

18:28
 それから人々は、イエスをカヤパのところから官邸につれて行った。時は夜明けであった。彼らは、けがれを受けないで過越の食事ができるように、官邸にはいらなかった。

18:29
 そこで、ピラトは彼らのところに出てきて言った、「あなたがたは、この人に対してどんな訴えを起すのか」。

18:30
 彼らはピラトに答えて言った、「もしこの人が悪事をはたらかなかったなら、あなたに引き渡すようなことはしなかったでしょう」。

18:31
 そこでピラトは彼らに言った、「あなたがたは彼を引き取って、自分たちの律法でさばくがよい」。ユダヤ人らは彼に言った、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」。

18:32
 これは、ご自身がどんな死にかたをしようとしているかを示すために言われたイエスの言葉が、成就するためである。

18:33
 さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。

18:34
 イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。

18:35
 ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。

18:36
 イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。

18:37
 そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。

18:38
 ピラトはイエスに言った、「真理とは何か」。こう言って、彼はまたユダヤ人の所に出て行き、彼らに言った、「わたしには、この人になんの罪も見いだせない。

18:39
 過越の時には、わたしがあなたがたのために、ひとりの人を許してやるのが、あなたがたのしきたりになっている。ついては、あなたがたは、このユダヤ人の王を許してもらいたいのか」。

18:40
 すると彼らは、また叫んで「その人ではなく、バラバを」と言った。このバラバは強盗であった。

19:1
 そこでピラトは、イエスを捕え、むちで打たせた。

19:2
 兵卒たちは、いばらで冠をあんで、イエスの頭にかぶらせ、紫の上着を着せ、

19:3
 それから、その前に進み出て、「ユダヤ人の王、ばんざい」と言った。そして平手でイエスを打ちつづけた。

19:4
 するとピラトは、また出て行ってユダヤ人たちに言った、「見よ、わたしはこの人をあなたがたの前に引き出すが、それはこの人になんの罪も見いだせないことを、あなたがたに知ってもらうためである」。

19:5
 イエスはいばらの冠をかぶり、紫の上着を着たままで外へ出られると、ピラトは彼らに言った、「見よ、この人だ」。

19:6
 祭司長たちや下役どもはイエスを見ると、叫んで「十字架につけよ、十字架につけよ」と言った。ピラトは彼らに言った、「あなたがたが、この人を引き取って十字架につけるがよい。わたしは、彼にはなんの罪も見いだせない」。

19:7
 ユダヤ人たちは彼に答えた、「わたしたちには律法があります。その律法によれば、彼は自分を神の子としたのだから、死罪に当る者です」。

19:8
 ピラトがこの言葉を聞いたとき、ますますおそれ、

19:9
 もう一度官邸にはいってイエスに言った、「あなたは、もともと、どこからきたのか」。しかし、イエスはなんの答もなさらなかった。

19:10
 そこでピラトは言った、「何も答えないのか。わたしには、あなたを許す権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのか」。

19:11
 イエスは答えられた、「あなたは、上から賜わるのでなければ、わたしに対してなんの権威もない。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪は、もっと大きい」。

19:12
 これを聞いて、ピラトはイエスを許そうと努めた。しかしユダヤ人たちが叫んで言った、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です」。

19:13
 ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外へ引き出して行き、敷石(ヘブル語ではガバタ)という場所で裁判の席についた。

19:14
 その日は過越の準備の日であって、時は昼の十二時ころであった。ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。

19:15
 すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。ピラトは彼らに言った、「あなたがたの王を、わたしが十字架につけるのか」。祭司長たちは答えた、「わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。

19:16
 そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。
彼らはイエスを引き取った。

(ヨハネによる福音 18:28--19:16)朗読
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_128_1.mp3

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<続き>

・主の受難 3

(ヨハネによる福音 19:17--19:42)

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 Today's Bible story *

March 29, 2024

Have a good day!

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Good Friday of the Lord’s Passion

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Gospel : John 18:1--19:42

When Jesus had spoken these words, he went out with his disciples over the brook Kidron, where there was a garden, into which he and his disciples entered.

Now Judas, who betrayed him, also knew the place, for Jesus often met there with his disciples.

Judas then, having taken a detachment of soldiers and officers from the chief priests and the Pharisees, came there with lanterns, torches, and weapons.

Jesus therefore, knowing all the things that were happening to him, went out and said to them, “Who are you looking for?”

They answered him, “Jesus of Nazareth.”
Jesus said to them, “I am he.”
Judas also, who betrayed him, was standing with them.

When therefore he said to them, “I am he,” they went backward and fell to the ground.

Again therefore he asked them, “Who are you looking for?”
They said, “Jesus of Nazareth.”

Jesus answered, “I told you that I am he. If therefore you seek me, let these go their way,”

that the word might be fulfilled which he spoke, “Of those whom you have given me, I have lost none.”

Simon Peter therefore, having a sword, drew it, struck the high priest’s servant, and cut off his right ear. The servant’s name was Malchus.

Jesus therefore said to Peter, “Put the sword into its sheath. The cup which the Father has given me, shall I not surely drink it?”

So the detachment, the commanding officer, and the officers of the Jews seized Jesus and bound him,

and led him to Annas first, for he was father-in-law to Caiaphas, who was high priest that year.

Now it was Caiaphas who advised the Jews that it was expedient that one man should perish for the people.

Simon Peter followed Jesus, as did another disciple. Now that disciple was known to the high priest, and entered in with Jesus into the court of the high priest;

but Peter was standing at the door outside. So the other disciple, who was known to the high priest, went out and spoke to her who kept the door, and brought in Peter.

Then the maid who kept the door said to Peter, “Are you also one of this man’s disciples?”
He said, “I am not.”

Now the servants and the officers were standing there, having made a fire of coals, for it was cold. They were warming themselves. Peter was with them, standing and warming himself.

The high priest therefore asked Jesus about his disciples and about his teaching.

Jesus answered him, “I spoke openly to the world. I always taught in synagogues and in the temple, where the Jews always meet. I said nothing in secret.

Why do you ask me? Ask those who have heard me what I said to them. Behold, they know the things which I said.”

When he had said this, one of the officers standing by slapped Jesus with his hand, saying, “Do you answer the high priest like that?”

Jesus answered him, “If I have spoken evil, testify of the evil; but if well, why do you beat me?”

Annas sent him bound to Caiaphas, the high priest.

Now Simon Peter was standing and warming himself. They said therefore to him, “You aren’t also one of his disciples, are you?”
He denied it and said, “I am not.”

One of the servants of the high priest, being a relative of him whose ear Peter had cut off, said, “Didn’t I see you in the garden with him?”

Peter therefore denied it again, and immediately the rooster crowed.

They led Jesus therefore from Caiaphas into the Praetorium. It was early, and they themselves didn’t enter into the Praetorium, that they might not be defiled, but might eat the Passover.

Pilate therefore went out to them and said, “What accusation do you bring against this man?”

They answered him, “If this man weren’t an evildoer, we wouldn’t have delivered him up to you.”

Pilate therefore said to them, “Take him yourselves, and judge him according to your law.”
Therefore the Jews said to him, “It is illegal for us to put anyone to death,”

that the word of Jesus might be fulfilled, which he spoke, signifying by what kind of death he should die.

Pilate therefore entered again into the Praetorium, called Jesus, and said to him, “Are you the King of the Jews?”

Jesus answered him, “Do you say this by yourself, or did others tell you about me?”

Pilate answered, “I’m not a Jew, am I? Your own nation and the chief priests delivered you to me. What have you done?”

Jesus answered, “My Kingdom is not of this world. If my Kingdom were of this world, then my servants would fight, that I wouldn’t be delivered to the Jews. But now my Kingdom is not from here.”

Pilate therefore said to him, “Are you a king then?”
Jesus answered, “You say that I am a king. For this reason I have been born, and for this reason I have come into the world, that I should testify to the truth. Everyone who is of the truth listens to my voice.”

Pilate said to him, “What is truth?”
When he had said this, he went out again to the Jews, and said to them, “I find no basis for a charge against him.

But you have a custom that I should release someone to you at the Passover. Therefore, do you want me to release to you the King of the Jews?”

Then they all shouted again, saying, “Not this man, but Barabbas!” Now Barabbas was a robber.

So Pilate then took Jesus and flogged him.

The soldiers twisted thorns into a crown and put it on his head, and dressed him in a purple garment.

They kept saying, “Hail, King of the Jews!” and they kept slapping him.

Then Pilate went out again, and said to them, “Behold, I bring him out to you, that you may know that I find no basis for a charge against him.”

Jesus therefore came out, wearing the crown of thorns and the purple garment. Pilate said to them, “Behold, the man!”

When therefore the chief priests and the officers saw him, they shouted, saying, “Crucify! Crucify!”
Pilate said to them, “Take him yourselves and crucify him, for I find no basis for a charge against him.”

The Jews answered him, “We have a law, and by our law he ought to die, because he made himself the Son of God.”

When therefore Pilate heard this saying, he was more afraid.

He entered into the Praetorium again, and said to Jesus, “Where are you from?” But Jesus gave him no answer.

Pilate therefore said to him, “Aren’t you speaking to me? Don’t you know that I have power to release you and have power to crucify you?”

Jesus answered, “You would have no power at all against me, unless it were given to you from above. Therefore he who delivered me to you has greater sin.”

At this, Pilate was seeking to release him, but the Jews cried out, saying, “If you release this man, you aren’t Caesar’s friend! Everyone who makes himself a king speaks against Caesar!”

When Pilate therefore heard these words, he brought Jesus out and sat down on the judgment seat at a place called “The Pavement”, but in Hebrew, “Gabbatha.”

Now it was the Preparation Day of the Passover, at about the sixth hour. He said to the Jews, “Behold, your King!”

They cried out, “Away with him! Away with him! Crucify him!”
Pilate said to them, “Shall I crucify your King?”
The chief priests answered, “We have no king but Caesar!”

So then he delivered him to them to be crucified. So they took Jesus and led him away.

He went out, bearing his cross, to the place called “The Place of a Skull”, which is called in Hebrew, “Golgotha”,

where they crucified him, and with him two others, on either side one, and Jesus in the middle.

Pilate wrote a title also, and put it on the cross. There was written, “JESUS OF NAZARETH, THE KING OF THE JEWS.”

Therefore many of the Jews read this title, for the place where Jesus was crucified was near the city; and it was written in Hebrew, in Latin, and in Greek.

The chief priests of the Jews therefore said to Pilate, “Don’t write, ‘The King of the Jews,’ but, ‘he said, “I am King of the Jews.” ’ ”

Pilate answered, “What I have written, I have written.”

Then the soldiers, when they had crucified Jesus, took his garments and made four parts, to every soldier a part; and also the tunic. Now the tunic was without seam, woven from the top throughout.

Then they said to one another, “Let’s not tear it, but cast lots for it to decide whose it will be,” that the Scripture might be fulfilled, which says,
“They parted my garments among them.
They cast lots for my clothing.”
Therefore the soldiers did these things.

But standing by Jesus’ cross were his mother, his mother’s sister, Mary the wife of Clopas, and Mary Magdalene.

Therefore when Jesus saw his mother, and the disciple whom he loved standing there, he said to his mother, “Woman, behold, your son!”

Then he said to the disciple, “Behold, your mother!” From that hour, the disciple took her to his own home.

After this, Jesus, seeing that all things were now finished, that the Scripture might be fulfilled, said, “I am thirsty!”

Now a vessel full of vinegar was set there; so they put a sponge full of the vinegar on hyssop, and held it at his mouth.

When Jesus therefore had received the vinegar, he said, “It is finished!” Then he bowed his head and gave up his spirit.

Therefore the Jews, because it was the Preparation Day, so that the bodies wouldn’t remain on the cross on the Sabbath (for that Sabbath was a special one), asked of Pilate that their legs might be broken and that they might be taken away.

Therefore the soldiers came and broke the legs of the first and of the other who was crucified with him;

but when they came to Jesus and saw that he was already dead, they didn’t break his legs.

However, one of the soldiers pierced his side with a spear, and immediately blood and water came out.

He who has seen has testified, and his testimony is true. He knows that he tells the truth, that you may believe.

For these things happened that the Scripture might be fulfilled, “A bone of him will not be broken.”

Again another Scripture says, “They will look on him whom they pierced.”

After these things, Joseph of Arimathaea, being a disciple of Jesus, but secretly for fear of the Jews, asked of Pilate that he might take away Jesus’ body. Pilate gave him permission. He came therefore and took away his body.

Nicodemus, who at first came to Jesus by night, also came bringing a mixture of myrrh and aloes, about a hundred Roman pounds.

So they took Jesus’ body, and bound it in linen cloths with the spices, as the custom of the Jews is to bury.

Now in the place where he was crucified there was a garden. In the garden was a new tomb in which no man had ever yet been laid.

Then, because of the Jews’ Preparation Day (for the tomb was near at hand), they laid Jesus there.

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* The World English Bible
http://ebible.org/web/

◇ Daily Mass Reading Podcast For March 29, 2024
https://bible.usccb.org/podcasts/audio/daily-mass-reading-podcast-march-29-2024

◇ Daily Readings March 29, 2024
http://www.usccb.org/bible/readings/032924.cfm

◇ Abiding Radio Instrumental (BGM)
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

◇ Today's Bible Story
http://todaysbiblestory.seesaa.net/

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2024年03月28日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

聖木曜日・主の晩さんの夕べのミサ

-----

<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 13:1-15)

 過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。

 夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていたが、

 イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを思い、

 夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、

 それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。

 こうして、シモン・ペテロの番になった。すると彼はイエスに、「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。

 イエスは彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。

 ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。

 シモン・ペテロはイエスに言った、「主よ、では、足だけではなく、どうぞ、手も頭も」。

 イエスは彼に言われた、「すでにからだを洗った者は、足のほかは洗う必要がない。全身がきれいなのだから。あなたがたはきれいなのだ。しかし、みんながそうなのではない」。

 イエスは自分を裏切る者を知っておられた。それで、「みんながきれいなのではない」と言われたのである。

 こうして彼らの足を洗ってから、上着をつけ、ふたたび席にもどって、彼らに言われた、「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。

 あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。

 しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。

 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 13:1-15)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_120_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 13:1-15)

 先日参加した中高生のキャンプのミサの中で洗足式を行った。

司祭が生徒の足を洗うのではなく、全員がお互いの足を洗った。

相手の足を洗うということは、相手を受け入れ、相手を許すということにつながる。

この体験はキャンプに参加した一人一人の心に深く刻み込まれたことと思う。

 聖体の制定を特に記念する聖木曜日に、最後の晩餐の場面ではなく、イエスが弟子の足を洗うこの場面が朗読されるということは非常に意味深いことであると思われる。

イエスは、この行為によってすべての人を受け入れ、許し、そしてすべての人に自らを与える神の愛の姿を示された。

この愛は聖体の秘跡の形を通して今も私たちに与えられている。

 イエスに足を洗ってもらう自分を想像してみよう。

自分は受け入れられている、許されている、そして愛されている。

その体験こそが、私が相手を受け入れ、許し、愛する原動力になる。

聖体の秘跡に力づけられ、主であり師であるイエスがそうされたように、今日私たちも相手の足を洗うことができますように。

MISSIN

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_87.htm#120
より転載

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

聖木曜日・主の晩さんの夕べのミサ

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 13:1-15)

13:1
 過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。

13:2
 夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていたが、

13:3
 イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを思い、

13:4
 夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、

13:5
 それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。

13:6
 こうして、シモン・ペテロの番になった。すると彼はイエスに、「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。

13:7
 イエスは彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。

13:8
 ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。

13:9
 シモン・ペテロはイエスに言った、「主よ、では、足だけではなく、どうぞ、手も頭も」。

13:10
 イエスは彼に言われた、「すでにからだを洗った者は、足のほかは洗う必要がない。全身がきれいなのだから。あなたがたはきれいなのだ。しかし、みんながそうなのではない」。

13:11
 イエスは自分を裏切る者を知っておられた。それで、「みんながきれいなのではない」と言われたのである。

13:12
 こうして彼らの足を洗ってから、上着をつけ、ふたたび席にもどって、彼らに言われた、「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。

13:13
 あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。

13:14
 しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。

13:15
 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 13:1-15)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_120_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 13:1-15)

 先日参加した中高生のキャンプのミサの中で洗足式を行った。

司祭が生徒の足を洗うのではなく、全員がお互いの足を洗った。

相手の足を洗うということは、相手を受け入れ、相手を許すということにつながる。

この体験はキャンプに参加した一人一人の心に深く刻み込まれたことと思う。

 聖体の制定を特に記念する聖木曜日に、最後の晩餐の場面ではなく、イエスが弟子の足を洗うこの場面が朗読されるということは非常に意味深いことであると思われる。

イエスは、この行為によってすべての人を受け入れ、許し、そしてすべての人に自らを与える神の愛の姿を示された。

この愛は聖体の秘跡の形を通して今も私たちに与えられている。

 イエスに足を洗ってもらう自分を想像してみよう。

自分は受け入れられている、許されている、そして愛されている。

その体験こそが、私が相手を受け入れ、許し、愛する原動力になる。

聖体の秘跡に力づけられ、主であり師であるイエスがそうされたように、今日私たちも相手の足を洗うことができますように。

MISSIN

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より転載

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(出エジプト記 12:1-8, 11-14)

12:1
 主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、

12:2
 「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。

12:3
 あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。

12:4
 もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。

12:5
 小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。

12:6
 そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮にこれをほふり、

12:7
 その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。

12:8
 そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。

12:11
 あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、急いでそれを食べなければならない。これは主の過越である。

12:12
 その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。

12:13
 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。

12:14
 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。

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(コリント人への第一の手紙 11:23-26)

11:23
 わたしは、主から受けたことを、また、あなたがたに伝えたのである。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンをとり、

11:24
 感謝してこれをさき、そして言われた、「これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。

11:25
 食事ののち、杯をも同じようにして言われた、「この杯は、わたしの血による新しい契約である。飲むたびに、わたしの記念として、このように行いなさい」。

11:26
 だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

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 Today's Bible story *

March 28, 2024

Have a good day!

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Holy Thursday -Evening Mass of the Lord’s Supper

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Gospel : John 13:1-15

1 Now before the feast of the Passover, Jesus, knowing that his time had come that he would depart from this world to the Father, having loved his own who were in the world, he loved them to the end.

2 During supper, the devil having already put into the heart of Judas Iscariot, Simon’s son, to betray him,

3 Jesus, knowing that the Father had given all things into his hands, and that he came from God and was going to God,

4 arose from supper, and laid aside his outer garments. He took a towel and wrapped a towel around his waist.

5 Then he poured water into the basin, and began to wash the disciples’ feet and to wipe them with the towel that was wrapped around him.

6 Then he came to Simon Peter. He said to him, “Lord, do you wash my feet?”

7 Jesus answered him, “You don’t know what I am doing now, but you will understand later.”

8 Peter said to him, “You will never wash my feet!”
Jesus answered him, “If I don’t wash you, you have no part with me.”

9 Simon Peter said to him, “Lord, not my feet only, but also my hands and my head!”

10 Jesus said to him, “Someone who has bathed only needs to have his feet washed, but is completely clean. You are clean, but not all of you.”

11 For he knew him who would betray him; therefore he said, “You are not all clean.”

12 So when he had washed their feet, put his outer garment back on, and sat down again, he said to them, “Do you know what I have done to you?

13 You call me, ‘Teacher’ and ‘Lord.’ You say so correctly, for so I am.

14 If I then, the Lord and the Teacher, have washed your feet, you also ought to wash one another’s feet.

15 For I have given you an example, that you should also do as I have done to you.

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Exodus 12:1-8, 11-14

1 Yahweh spoke to Moses and Aaron in the land of Egypt, saying,

2 “This month shall be to you the beginning of months. It shall be the first month of the year to you.

3 Speak to all the congregation of Israel, saying, ‘On the tenth day of this month, they shall take to them every man a lamb, according to their fathers’ houses, a lamb for a household;

4 and if the household is too little for a lamb, then he and his neighbor next to his house shall take one according to the number of the souls. You shall make your count for the lamb according to what everyone can eat.

5 Your lamb shall be without defect, a male a year old. You shall take it from the sheep or from the goats.

6 You shall keep it until the fourteenth day of the same month; and the whole assembly of the congregation of Israel shall kill it at evening.

7 They shall take some of the blood, and put it on the two door posts and on the lintel, on the houses in which they shall eat it.

8 They shall eat the meat in that night, roasted with fire, with unleavened bread. They shall eat it with bitter herbs.

11 This is how you shall eat it: with your belt on your waist, your sandals on your feet, and your staff in your hand; and you shall eat it in haste: it is Yahweh’s Passover.

12 For I will go through the land of Egypt in that night, and will strike all the firstborn in the land of Egypt, both man and animal. I will execute judgments against all the gods of Egypt. I am Yahweh.

13 The blood shall be to you for a token on the houses where you are. When I see the blood, I will pass over you, and no plague will be on you to destroy you when I strike the land of Egypt.

14 This day shall be a memorial for you. You shall keep it as a feast to Yahweh. You shall keep it as a feast throughout your generations by an ordinance forever.

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1 Corinthians 11:23-26

23 For I received from the Lord that which also I delivered to you, that the Lord Jesus on the night in which he was betrayed took bread.

24 When he had given thanks, he broke it and said, “Take, eat. This is my body, which is broken for you. Do this in memory of me.”

25 In the same way he also took the cup after supper, saying, “This cup is the new covenant in my blood. Do this, as often as you drink, in memory of me.”

26 For as often as you eat this bread and drink this cup, you proclaim the Lord’s death until he comes.

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* The World English Bible
http://ebible.org/web/

◇ Daily Mass Reading Podcast For March 28, 2024
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◇ Daily Readings March 28, 2024
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◇ Abiding Radio Instrumental (BGM)
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◇ Today's Bible Story
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2024年03月27日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

受難の水曜日

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<今日の聖書物語 *>

(マタイによる福音 26:14-25)

 時に、十二弟子のひとりイスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところに行って

 言った、「彼をあなたがたに引き渡せば、いくらくださいますか」。すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

 その時から、ユダはイエスを引きわたそうと、機会をねらっていた。

 さて、除酵祭の第一日に、弟子たちはイエスのもとにきて言った、「過越の食事をなさるために、わたしたちはどこに用意をしたらよいでしょうか」。

 イエスは言われた、「市内にはいり、かねて話してある人の所に行って言いなさい、『先生が、わたしの時が近づいた、あなたの家で弟子たちと一緒に過越を守ろうと、言っておられます』」。

 弟子たちはイエスが命じられたとおりにして、過越の用意をした。

 夕方になって、イエスは十二弟子と一緒に食事の席につかれた。

 そして、一同が食事をしているとき言われた、「特にあなたがたに言っておくが、あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。

 弟子たちは非常に心配して、つぎつぎに「主よ、まさか、わたしではないでしょう」と言い出した。

 イエスは答えて言われた、「わたしと一緒に同じ鉢に手を入れている者が、わたしを裏切ろうとしている。

 たしかに人の子は、自分について書いてあるとおりに去って行く。しかし、人の子を裏切るその人は、わざわいである。その人は生れなかった方が、彼のためによかったであろう」。

 イエスを裏切ったユダが答えて言った、「先生、まさか、わたしではないでしょう」。イエスは言われた、「いや、あなただ」。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(マタイによる福音 26:14-25)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_119_1.mp3

み言葉について
(マタイによる福音 26:14-25)

 今日は第1朗読を見てみたいと思います。

四旬節にはよくイザヤ書の第二部にあたる「第二イザヤ」が朗読されます。

そのピークは聖金曜日の朗読です。

今日の朗読はそれに先立つ箇所で、主の僕の苦難が語られています。

 時は紀元前6世紀、新バビロニアによってイスラエルの民は捕囚とされます。

捕囚とはいえ、不自由ながらもそれなりの生活に慣れ、「まあ、人生こんなもんだろ」と半ば諦めながらも与えられた人生というか運命に身を委ねていました。

その時に、ペルシャの王キュロスがすごい勢いで周りの国々を自国としていき、バビロニアにも不安がよぎり始めました。

そして第二イザヤの「主の僕」が「キュロスこそ神が遣わした者で、我々をこの捕囚から解放してくれる!」というメッセージを送り始めます。

みんな喜んでくれる!はずですが、実はそうではありませんでした。

「何いまさら変なこと言ってんだよ」

「もういいんだ、俺たちはそれなりに生きていくすべも得たし・・・もう辛いのは御免なんだよ」これが捕囚であるイスラエルの人々の本音でした。

「主の僕」の孤独、そして孤立。

迫害の中、彼は逆らわず、そして退かず、メッセージを送り続けました・・・続く

というストーリーです。

神からのメッセージと人間の現実との衝突。

「神様、別にもういい」という人間側の本音。

私たちの生活の中にも同じような心の動きはありませんか。

John Goto

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_86.htm#119
より転載

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

受難の水曜日

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<今日の聖書物語 *>

(マタイによる福音 26:14-25)

26:14
 時に、十二弟子のひとりイスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところに行って

26:15
 言った、「彼をあなたがたに引き渡せば、いくらくださいますか」。すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

26:16
 その時から、ユダはイエスを引きわたそうと、機会をねらっていた。

26:17
 さて、除酵祭の第一日に、弟子たちはイエスのもとにきて言った、「過越の食事をなさるために、わたしたちはどこに用意をしたらよいでしょうか」。

26:18
 イエスは言われた、「市内にはいり、かねて話してある人の所に行って言いなさい、『先生が、わたしの時が近づいた、あなたの家で弟子たちと一緒に過越を守ろうと、言っておられます』」。

26:19
 弟子たちはイエスが命じられたとおりにして、過越の用意をした。

26:20
 夕方になって、イエスは十二弟子と一緒に食事の席につかれた。

26:21
 そして、一同が食事をしているとき言われた、「特にあなたがたに言っておくが、あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。

26:22
 弟子たちは非常に心配して、つぎつぎに「主よ、まさか、わたしではないでしょう」と言い出した。

26:23
 イエスは答えて言われた、「わたしと一緒に同じ鉢に手を入れている者が、わたしを裏切ろうとしている。

26:24
 たしかに人の子は、自分について書いてあるとおりに去って行く。しかし、人の子を裏切るその人は、わざわいである。その人は生れなかった方が、彼のためによかったであろう」。

26:25
 イエスを裏切ったユダが答えて言った、「先生、まさか、わたしではないでしょう」。イエスは言われた、「いや、あなただ」。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(マタイによる福音 26:14-25)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_119_1.mp3

み言葉について
(マタイによる福音 26:14-25)

 今日は第1朗読を見てみたいと思います。

四旬節にはよくイザヤ書の第二部にあたる「第二イザヤ」が朗読されます。

そのピークは聖金曜日の朗読です。

今日の朗読はそれに先立つ箇所で、主の僕の苦難が語られています。

 時は紀元前6世紀、新バビロニアによってイスラエルの民は捕囚とされます。

捕囚とはいえ、不自由ながらもそれなりの生活に慣れ、「まあ、人生こんなもんだろ」と半ば諦めながらも与えられた人生というか運命に身を委ねていました。

その時に、ペルシャの王キュロスがすごい勢いで周りの国々を自国としていき、バビロニアにも不安がよぎり始めました。

そして第二イザヤの「主の僕」が「キュロスこそ神が遣わした者で、我々をこの捕囚から解放してくれる!」というメッセージを送り始めます。

みんな喜んでくれる!はずですが、実はそうではありませんでした。

「何いまさら変なこと言ってんだよ」

「もういいんだ、俺たちはそれなりに生きていくすべも得たし・・・もう辛いのは御免なんだよ」これが捕囚であるイスラエルの人々の本音でした。

「主の僕」の孤独、そして孤立。

迫害の中、彼は逆らわず、そして退かず、メッセージを送り続けました・・・続く

というストーリーです。

神からのメッセージと人間の現実との衝突。

「神様、別にもういい」という人間側の本音。

私たちの生活の中にも同じような心の動きはありませんか。

John Goto

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_86.htm#119
より転載

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(イザヤ書 50:4-9a)

50:4
 主なる神は教をうけた者の舌をわたしに与えて、
疲れた者を言葉をもって助けることを知らせ、
また朝ごとにさまし、わたしの耳をさまして、
教をうけた者のように聞かせられる。

50:5
 主なる神はわたしの耳を開かれた。
わたしは、そむくことをせず、
退くことをしなかった。

50:6
 わたしを打つ者に、わたしの背をまかせ、
わたしのひげを抜く者に、わたしのほおをまかせ、
恥とつばきとを避けるために、
顔をかくさなかった。

50:7
 しかし主なる神はわたしを助けられる。
それゆえ、わたしは恥じることがなかった。
それゆえ、わたしは顔を火打石のようにした。
わたしは決してはずかしめられないことを知る。

50:8
 わたしを義とする者が近くおられる。
だれがわたしと争うだろうか、
われわれは共に立とう。
わたしのあだはだれか、
わたしの所へ近くこさせよ。

50:9
 見よ、主なる神はわたしを助けられる。
だれがわたしを罪に定めるだろうか。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

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 Today's Bible story *

March 27, 2024

Have a good day!

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Wednesday of Holy Week

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Gospel : Matthew 26:14-25

14 Then one of the twelve, who was called Judas Iscariot, went to the chief priests

15 and said, “What are you willing to give me if I deliver him to you?” So they weighed out for him thirty pieces of silver.

16 From that time he sought opportunity to betray him.

17 Now on the first day of unleavened bread, the disciples came to Jesus, saying to him, “Where do you want us to prepare for you to eat the Passover?”

18 He said, “Go into the city to a certain person, and tell him, ‘The Teacher says, “My time is at hand. I will keep the Passover at your house with my disciples.” ’ ”

19 The disciples did as Jesus commanded them, and they prepared the Passover.

20 Now when evening had come, he was reclining at the table with the twelve disciples.

21 As they were eating, he said, “Most certainly I tell you that one of you will betray me.”

22 They were exceedingly sorrowful, and each began to ask him, “It isn’t me, is it, Lord?”

23 He answered, “He who dipped his hand with me in the dish will betray me.

24 The Son of Man goes even as it is written of him, but woe to that man through whom the Son of Man is betrayed! It would be better for that man if he had not been born.”

25 Judas, who betrayed him, answered, “It isn’t me, is it, Rabbi?”
He said to him, “You said it.”

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Isaiah 50:4-9a

4 The Lord Yahweh has given me the tongue of those who are taught,
that I may know how to sustain with words him who is weary.
He awakens morning by morning,
he awakens my ear to hear as those who are taught.

5 The Lord Yahweh has opened my ear.
I was not rebellious.
I have not turned back.

6 I gave my back to those who beat me,
and my cheeks to those who plucked off the hair.
I didn’t hide my face from shame and spitting.

7 For the Lord Yahweh will help me.
Therefore I have not been confounded.
Therefore I have set my face like a flint,
and I know that I won’t be disappointed.

8 He who justifies me is near.
Who will bring charges against me?
Let us stand up together.
Who is my adversary?
Let him come near to me.

9a Behold, the Lord Yahweh will help me!
Who is he who will condemn me?

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* The World English Bible
http://ebible.org/web/

◇ Daily Mass Reading Podcast For March 27, 2024
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◇ Daily Readings March 27, 2024
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2024年03月26日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

受難の火曜日

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 13:21-33, 36-38)

 イエスがこれらのことを言われた後、その心が騒ぎ、おごそかに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。

 弟子たちはだれのことを言われたのか察しかねて、互に顔を見合わせた。

 弟子たちのひとりで、イエスの愛しておられた者が、み胸に近く席についていた。

 そこで、シモン・ペテロは彼に合図をして言った、「だれのことをおっしゃったのか、知らせてくれ」。

 その弟子はそのままイエスの胸によりかかって、「主よ、だれのことですか」と尋ねると、

 イエスは答えられた、「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、シモンの子イスカリオテのユダにお与えになった。

 この一きれの食物を受けるやいなや、サタンがユダにはいった。そこでイエスは彼に言われた、「しようとしていることを、今すぐするがよい」。

 席を共にしていた者のうち、なぜユダにこう言われたのか、わかっていた者はひとりもなかった。

 ある人々は、ユダが金入れをあずかっていたので、イエスが彼に、「祭のために必要なものを買え」と言われたか、あるいは、貧しい者に何か施させようとされたのだと思っていた。

 ユダは一きれの食物を受けると、すぐに出て行った。時は夜であった。

 さて、彼が出て行くと、イエスは言われた、「今や人の子は栄光を受けた。神もまた彼によって栄光をお受けになった。

 彼によって栄光をお受けになったのなら、神ご自身も彼に栄光をお授けになるであろう。すぐにもお授けになるであろう。

 子たちよ、わたしはまだしばらく、あなたがたと一緒にいる。あなたがたはわたしを捜すだろうが、すでにユダヤ人たちに言ったとおり、今あなたがたにも言う、『あなたがたはわたしの行く所に来ることはできない』。

 シモン・ペテロがイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのですか」。イエスは答えられた、「あなたはわたしの行くところに、今はついて来ることはできない。しかし、あとになってから、ついて来ることになろう」。

 ペテロはイエスに言った、「主よ、なぜ、今あなたについて行くことができないのですか。あなたのためには、命も捨てます」。

 イエスは答えられた、「わたしのために命を捨てると言うのか。よくよくあなたに言っておく。鶏が鳴く前に、あなたはわたしを三度知らないと言うであろう」。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 13:21-33, 36-38)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_118_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 13:21-33, 36-38)

 わたしは思った、わたしはいたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たした、と。(イザヤ49)

 自分の仕事が軌道に乗り、すべてが順調に進んでいる時には、自分の生活に充実感を覚え、神様から祝福されていると感じることはたやすいことです。

しかし、困難に直面し、自分の無力さを実感したり、自分の至らなさを痛感する時にも、現実をしっかり見据え、それを神様からの祝福ととらえることができるでしょうか。

あるいは逃げ出したくなり、神様に愚痴を並べるだけでしょうか。

 最後の晩餐の席でイエス様は今までのご自分の宣教活動を静かに振り返る瞬間があったかもしれません。

民衆の無理解、指導者層の敵意を経験し、強がりを言うけれども意志の弱い弟子達を見て、自分の今までの宣教は何だったのだろう、と思ったとしても不思議ではありません。

わたしだったらすべてを投げ出してしまうでしょう。

しかし福音書を読むと、それでも落ち着いて自らの使命を果たしていこうとされるイエス様の姿がそこにあります。

 私たちが困難に直面したとき、このイエス様の態度を自分のものにしたいと思います。

鳥越 政晴

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_85.htm#118
より転載

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

受難の火曜日

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 13:21-33, 36-38)

13:21
 イエスがこれらのことを言われた後、その心が騒ぎ、おごそかに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。

13:22
 弟子たちはだれのことを言われたのか察しかねて、互に顔を見合わせた。

13:23
 弟子たちのひとりで、イエスの愛しておられた者が、み胸に近く席についていた。

13:24
 そこで、シモン・ペテロは彼に合図をして言った、「だれのことをおっしゃったのか、知らせてくれ」。

13:25
 その弟子はそのままイエスの胸によりかかって、「主よ、だれのことですか」と尋ねると、

13:26
 イエスは答えられた、「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、シモンの子イスカリオテのユダにお与えになった。

13:27
 この一きれの食物を受けるやいなや、サタンがユダにはいった。そこでイエスは彼に言われた、「しようとしていることを、今すぐするがよい」。

13:28
 席を共にしていた者のうち、なぜユダにこう言われたのか、わかっていた者はひとりもなかった。

13:29
 ある人々は、ユダが金入れをあずかっていたので、イエスが彼に、「祭のために必要なものを買え」と言われたか、あるいは、貧しい者に何か施させようとされたのだと思っていた。

13:30
 ユダは一きれの食物を受けると、すぐに出て行った。時は夜であった。

13:31
 さて、彼が出て行くと、イエスは言われた、「今や人の子は栄光を受けた。神もまた彼によって栄光をお受けになった。

13:32
 彼によって栄光をお受けになったのなら、神ご自身も彼に栄光をお授けになるであろう。すぐにもお授けになるであろう。

13:33
 子たちよ、わたしはまだしばらく、あなたがたと一緒にいる。あなたがたはわたしを捜すだろうが、すでにユダヤ人たちに言ったとおり、今あなたがたにも言う、『あなたがたはわたしの行く所に来ることはできない』。

13:36
 シモン・ペテロがイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのですか」。イエスは答えられた、「あなたはわたしの行くところに、今はついて来ることはできない。しかし、あとになってから、ついて来ることになろう」。

13:37
 ペテロはイエスに言った、「主よ、なぜ、今あなたについて行くことができないのですか。あなたのためには、命も捨てます」。

13:38
 イエスは答えられた、「わたしのために命を捨てると言うのか。よくよくあなたに言っておく。鶏が鳴く前に、あなたはわたしを三度知らないと言うであろう」。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 13:21-33, 36-38)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_118_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 13:21-33, 36-38)

 わたしは思った、わたしはいたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たした、と。(イザヤ49)

 自分の仕事が軌道に乗り、すべてが順調に進んでいる時には、自分の生活に充実感を覚え、神様から祝福されていると感じることはたやすいことです。

しかし、困難に直面し、自分の無力さを実感したり、自分の至らなさを痛感する時にも、現実をしっかり見据え、それを神様からの祝福ととらえることができるでしょうか。

あるいは逃げ出したくなり、神様に愚痴を並べるだけでしょうか。

 最後の晩餐の席でイエス様は今までのご自分の宣教活動を静かに振り返る瞬間があったかもしれません。

民衆の無理解、指導者層の敵意を経験し、強がりを言うけれども意志の弱い弟子達を見て、自分の今までの宣教は何だったのだろう、と思ったとしても不思議ではありません。

わたしだったらすべてを投げ出してしまうでしょう。

しかし福音書を読むと、それでも落ち着いて自らの使命を果たしていこうとされるイエス様の姿がそこにあります。

 私たちが困難に直面したとき、このイエス様の態度を自分のものにしたいと思います。

鳥越 政晴

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_85.htm#118
より転載

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(イザヤ書 49:1-6)

49:1
 海沿いの国々よ、わたしに聞け。
遠いところのもろもろの民よ、耳を傾けよ。
主はわたしを生れ出た時から召し、
母の胎を出た時からわが名を語り告げられた。

49:2
 主はわが口を鋭利なつるぎとなし、
わたしをみ手の陰にかくし、
とぎすました矢となして、
箙にわたしを隠された。

49:3
 また、わたしに言われた、
「あなたはわがしもべ、
わが栄光をあらわすべきイスラエルである」と。

49:4
 しかし、わたしは言った、
「わたしはいたずらに働き、
益なく、むなしく力を費した。
しかもなお、まことにわが正しきは主と共にあり、
わが報いはわが神と共にある」と。

49:5
 ヤコブをおのれに帰らせ、
イスラエルをおのれのもとに集めるために、
わたしを腹の中からつくって
そのしもべとされた主は言われる。
(わたしは主の前に尊ばれ、
わが神はわが力となられた)

49:6
 主は言われる、
「あなたがわがしもべとなって、
ヤコブのもろもろの部族をおこし、
イスラエルのうちの残った者を帰らせることは、
いとも軽い事である。
わたしはあなたを、もろもろの国びとの光となして、
わが救を地の果にまでいたらせよう」と。

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†主の平安

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 Today's Bible story *

March 26, 2024

Have a good day!

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Tuesday of Holy Week

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Gospel : John 13:21-33, 36-38

21 When Jesus had said this, he was troubled in spirit, and testified, “Most certainly I tell you that one of you will betray me.”

22 The disciples looked at one another, perplexed about whom he spoke.

23 One of his disciples, whom Jesus loved, was at the table, leaning against Jesus’ chest.

24 Simon Peter therefore beckoned to him, and said to him, “Tell us who it is of whom he speaks.”

25 He, leaning back, as he was, on Jesus’ chest, asked him, “Lord, who is it?”

26 Jesus therefore answered, “It is he to whom I will give this piece of bread when I have dipped it.” So when he had dipped the piece of bread, he gave it to Judas, the son of Simon Iscariot.

27 After the piece of bread, then Satan entered into him.
Then Jesus said to him, “What you do, do quickly.”

28 Now nobody at the table knew why he said this to him.

29 For some thought, because Judas had the money box, that Jesus said to him, “Buy what things we need for the feast,” or that he should give something to the poor.

30 Therefore having received that morsel, he went out immediately. It was night.

31 When he had gone out, Jesus said, “Now the Son of Man has been glorified, and God has been glorified in him.

32 If God has been glorified in him, God will also glorify him in himself, and he will glorify him immediately.

33 Little children, I will be with you a little while longer. You will seek me, and as I said to the Jews, ‘Where I am going, you can’t come,’ so now I tell you.

36 Simon Peter said to him, “Lord, where are you going?”
Jesus answered, “Where I am going, you can’t follow now, but you will follow afterwards.”

37 Peter said to him, “Lord, why can’t I follow you now? I will lay down my life for you.”

38 Jesus answered him, “Will you lay down your life for me? Most certainly I tell you, the rooster won’t crow until you have denied me three times.

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Isaiah 49:1-6

1 Listen, islands, to me.
Listen, you peoples, from afar:
Yahweh has called me from the womb;
from the inside of my mother, he has mentioned my name.

2 He has made my mouth like a sharp sword.
He has hidden me in the shadow of his hand.
He has made me a polished shaft.
He has kept me close in his quiver.

3 He said to me, “You are my servant,
Israel, in whom I will be glorified.”

4 But I said, “I have labored in vain.
I have spent my strength in vain for nothing;
yet surely the justice due to me is with Yahweh,
and my reward with my God.”

5 Now Yahweh, he who formed me from the womb to be his servant,
says to bring Jacob again to him,
and to gather Israel to him,
for I am honorable in Yahweh’s eyes,
and my God has become my strength.

6 Indeed, he says, “It is too light a thing that you should be my servant to raise up the tribes of Jacob,
and to restore the preserved of Israel.
I will also give you as a light to the nations,
that you may be my salvation to the end of the earth.”

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* The World English Bible
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2024年03月25日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

受難の月曜日

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 12:1-11)

 過越の祭の六日まえに、イエスはベタニヤに行かれた。そこは、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロのいた所である。

 イエスのためにそこで夕食の用意がされ、マルタは給仕をしていた。イエスと一緒に食卓についていた者のうちに、ラザロも加わっていた。

 その時、マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。

 弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った、

 「なぜこの香油を三百デナリに売って、貧しい人たちに、施さなかったのか」。

 彼がこう言ったのは、貧しい人たちに対する思いやりがあったからではなく、自分が盗人であり、財布を預かっていて、その中身をごまかしていたからであった。

 イエスは言われた、「この女のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それをとっておいたのだから。

 貧しい人たちはいつもあなたがたと共にいるが、わたしはいつも共にいるわけではない」。

 大ぜいのユダヤ人たちが、そこにイエスのおられるのを知って、押しよせてきた。それはイエスに会うためだけではなく、イエスが死人のなかから、よみがえらせたラザロを見るためでもあった。

 そこで祭司長たちは、ラザロも殺そうと相談した。

 それは、ラザロのことで、多くのユダヤ人が彼らを離れ去って、イエスを信じるに至ったからである。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 12:1-11)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_117_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 12:1-11)

 マリアは純粋で非常に高価なナルドの香油をイエスの足に塗りました。

ユダがそれを300デナリオンで売って、貧しい人に施せるのにと言ったように、300デナリオンの価値があったことになります。

300デナリオンとは、300日分の労働賃金ということですから約1年分の給料であり、彼女はそれを一度に使ったのです。

自分がその場にいたらどう反応するでしょうか。

「あー、もったいない」と思ってしまうのでしょうか。

だとすれば、わたしたちもユダと同じように、物質的な損得勘定でしか物事を見ることができなくなっているのです。

そのとき、イエスが受難に向かう前にどれほどの苦しみをかかえていたかを理解していないからです。

マリアは、直感的にイエスの苦しみを感じ、惜しむことなく、最高のもてなしをしました。

少しのためらいもなく、すべてをイエスに捧げたのです。

わたしたちも、この四旬節を過ごしながら、自分の命を惜しみなく与えた方に、マリアのようにすべてを捧げることができますように。

Noby

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_84.htm#117
より転載

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

受難の月曜日

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 12:1-11)

12:1
 過越の祭の六日まえに、イエスはベタニヤに行かれた。そこは、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロのいた所である。

12:2
 イエスのためにそこで夕食の用意がされ、マルタは給仕をしていた。イエスと一緒に食卓についていた者のうちに、ラザロも加わっていた。

12:3
 その時、マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。

12:4
 弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った、

12:5
 「なぜこの香油を三百デナリに売って、貧しい人たちに、施さなかったのか」。

12:6
 彼がこう言ったのは、貧しい人たちに対する思いやりがあったからではなく、自分が盗人であり、財布を預かっていて、その中身をごまかしていたからであった。

12:7
 イエスは言われた、「この女のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それをとっておいたのだから。

12:8
 貧しい人たちはいつもあなたがたと共にいるが、わたしはいつも共にいるわけではない」。

12:9
 大ぜいのユダヤ人たちが、そこにイエスのおられるのを知って、押しよせてきた。それはイエスに会うためだけではなく、イエスが死人のなかから、よみがえらせたラザロを見るためでもあった。

12:10
 そこで祭司長たちは、ラザロも殺そうと相談した。

12:11
 それは、ラザロのことで、多くのユダヤ人が彼らを離れ去って、イエスを信じるに至ったからである。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 12:1-11)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_117_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 12:1-11)

 マリアは純粋で非常に高価なナルドの香油をイエスの足に塗りました。

ユダがそれを300デナリオンで売って、貧しい人に施せるのにと言ったように、300デナリオンの価値があったことになります。

300デナリオンとは、300日分の労働賃金ということですから約1年分の給料であり、彼女はそれを一度に使ったのです。

自分がその場にいたらどう反応するでしょうか。

「あー、もったいない」と思ってしまうのでしょうか。

だとすれば、わたしたちもユダと同じように、物質的な損得勘定でしか物事を見ることができなくなっているのです。

そのとき、イエスが受難に向かう前にどれほどの苦しみをかかえていたかを理解していないからです。

マリアは、直感的にイエスの苦しみを感じ、惜しむことなく、最高のもてなしをしました。

少しのためらいもなく、すべてをイエスに捧げたのです。

わたしたちも、この四旬節を過ごしながら、自分の命を惜しみなく与えた方に、マリアのようにすべてを捧げることができますように。

Noby

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_84.htm#117
より転載

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(イザヤ書 42:1-7)

42:1
 わたしの支持するわがしもべ、
わたしの喜ぶわが選び人を見よ。
わたしはわが霊を彼に与えた。
彼はもろもろの国びとに道をしめす。

42:2
 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、
その声をちまたに聞えさせず、

42:3
 また傷ついた葦を折ることなく、
ほのぐらい灯心を消すことなく、
真実をもって道をしめす。

42:4
 彼は衰えず、落胆せず、
ついに道を地に確立する。
海沿いの国々はその教を待ち望む。

42:5
 天を創造してこれをのべ、
地とそれに生ずるものをひらき、
その上の民に息を与え、
その中を歩む者に霊を与えられる
主なる神はこう言われる、

42:6
 「主なるわたしは正義をもってあなたを召した。
わたしはあなたの手をとり、あなたを守った。
わたしはあなたを民の契約とし、
もろもろの国びとの光として与え、

42:7
 盲人の目を開き、
囚人を地下の獄屋から出し、
暗きに座する者を獄屋から出させる。

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†主の平安

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 Today's Bible story *

March 25, 2024

Have a good day!

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Monday of Holy Week

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Gospel : John 12:1-11

1 Then, six days before the Passover, Jesus came to Bethany, where Lazarus was, who had been dead, whom he raised from the dead.

2 So they made him a supper there. Martha served, but Lazarus was one of those who sat at the table with him.

3 Therefore Mary took a pound† of ointment of pure nard, very precious, and anointed Jesus’ feet and wiped his feet with her hair. The house was filled with the fragrance of the ointment.

4 Then Judas Iscariot, Simon’s son, one of his disciples, who would betray him, said,

5 “Why wasn’t this ointment sold for three hundred denarii‡ and given to the poor?”

6 Now he said this, not because he cared for the poor, but because he was a thief, and having the money box, used to steal what was put into it.

7 But Jesus said, “Leave her alone. She has kept this for the day of my burial.

8 For you always have the poor with you, but you don’t always have me.”

9 A large crowd therefore of the Jews learned that he was there; and they came, not for Jesus’ sake only, but that they might see Lazarus also, whom he had raised from the dead.

10 But the chief priests conspired to put Lazarus to death also, 11 because on account of him many of the Jews went away and believed in Jesus.

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Isaiah 42:1-7

1 “Behold, my servant, whom I uphold,
my chosen, in whom my soul delights:
I have put my Spirit on him.
He will bring justice to the nations.

2 He will not shout,
nor raise his voice,
nor cause it to be heard in the street.

3 He won’t break a bruised reed.
He won’t quench a dimly burning wick.
He will faithfully bring justice.

4 He will not fail nor be discouraged,
until he has set justice in the earth,
and the islands wait for his law.”

5 God Yahweh,
he who created the heavens and stretched them out,
he who spread out the earth and that which comes out of it,
he who gives breath to its people and spirit to those who walk in it, says:

6 “I, Yahweh, have called you in righteousness.
I will hold your hand.
I will keep you,
and make you a covenant for the people,
as a light for the nations,

7 to open the blind eyes,
to bring the prisoners out of the dungeon,
and those who sit in darkness out of the prison.

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* The World English Bible
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◇ Daily Mass Reading Podcast For March 25, 2024
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◇ Daily Readings March 25, 2024
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◇ Abiding Radio Instrumental (BGM)
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◇ Today's Bible Story
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2024年03月24日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

受難の主日(枝の主日)

聖週間のはじめ

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<今日の聖書物語 *>

(マルコによる福音 15:1-39)

 夜が明けるとすぐ、祭司長たちは長老、律法学者たち、および全議会と協議をこらした末、イエスを縛って引き出し、ピラトに渡した。

 ピラトはイエスに尋ねた、「あなたがユダヤ人の王であるか」。イエスは、「そのとおりである」とお答えになった。

 そこで祭司長たちは、イエスのことをいろいろと訴えた。

 ピラトはもう一度イエスに尋ねた、「何も答えないのか。見よ、あなたに対してあんなにまで次々に訴えているではないか」。

 しかし、イエスはピラトが不思議に思うほどに、もう何もお答えにならなかった。

 さて、祭のたびごとに、ピラトは人々が願い出る囚人ひとりを、ゆるしてやることにしていた。

 ここに、暴動を起し人殺しをしてつながれていた暴徒の中に、バラバという者がいた。

 群衆が押しかけてきて、いつものとおりにしてほしいと要求しはじめたので、

 ピラトは彼らにむかって、「おまえたちはユダヤ人の王をゆるしてもらいたいのか」と言った。

 それは、祭司長たちがイエスを引きわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトにわかっていたからである。

 しかし祭司長たちは、バラバの方をゆるしてもらうように、群衆を煽動した。

 そこでピラトはまた彼らに言った、「それでは、おまえたちがユダヤ人の王と呼んでいるあの人は、どうしたらよいか」。

 彼らは、また叫んだ、「十字架につけよ」。

 ピラトは言った、「あの人は、いったい、どんな悪事をしたのか」。すると、彼らは一そう激しく叫んで、「十字架につけよ」と言った。

 それで、ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引きわたした。

 兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の内に連れて行き、全部隊を呼び集めた。

 そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、

 「ユダヤ人の王、ばんざい」と言って敬礼をしはじめた。

 また、葦の棒でその頭をたたき、つばきをかけ、ひざまずいて拝んだりした。

 こうして、イエスを嘲弄したあげく、紫の衣をはぎとり、元の上着を着せた。それから、彼らはイエスを十字架につけるために引き出した。

 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父シモンというクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた。

 そしてイエスをゴルゴタ、その意味は、されこうべ、という所に連れて行った。

 そしてイエスに、没薬をまぜたぶどう酒をさし出したが、お受けにならなかった。

 それから、イエスを十字架につけた。そしてくじを引いて、だれが何を取るかを定めたうえ、イエスの着物を分けた。

 イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろであった。

 イエスの罪状書きには「ユダヤ人の王」と、しるしてあった。

 また、イエスと共にふたりの強盗を、ひとりを右に、ひとりを左に、十字架につけた。

〔こうして「彼は罪人たちのひとりに数えられた」と書いてある言葉が成就したのである。〕

 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「ああ、神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ、

 十字架からおりてきて自分を救え」。

 祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、かわるがわる嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。

 イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」。また、一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。

 昼の十二時になると、全地は暗くなって、三時に及んだ。

 そして三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

 すると、そばに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「そら、エリヤを呼んでいる」。

 ひとりの人が走って行き、海綿に酢いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとして言った、「待て、エリヤが彼をおろしに来るかどうか、見ていよう」。

 イエスは声高く叫んで、ついに息をひきとられた。

 そのとき、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。

 イエスにむかって立っていた百卒長は、このようにして息をひきとられたのを見て言った、「まことに、この人は神の子であった」。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(マルコによる福音 15:1-39)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc9_19_1.mp3

み言葉について
(マルコによる福音 15:1-39)
http://fukuinhint.blog.fc2.com/blog-entry-1030.html

<こうじ神父 今週の説教>
(マルコによる福音 15:1-39)
http://blog.goo.ne.jp/knkouji/

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

受難の主日(枝の主日)

聖週間のはじめ

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<今日の聖書物語 *>

(マルコによる福音 14:1--15:47)* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/mark.html

または、

(マルコによる福音 15:1-39)

15:1
 夜が明けるとすぐ、祭司長たちは長老、律法学者たち、および全議会と協議をこらした末、イエスを縛って引き出し、ピラトに渡した。

15:2
 ピラトはイエスに尋ねた、「あなたがユダヤ人の王であるか」。イエスは、「そのとおりである」とお答えになった。

15:3
 そこで祭司長たちは、イエスのことをいろいろと訴えた。

15:4
 ピラトはもう一度イエスに尋ねた、「何も答えないのか。見よ、あなたに対してあんなにまで次々に訴えているではないか」。

15:5
 しかし、イエスはピラトが不思議に思うほどに、もう何もお答えにならなかった。

15:6
 さて、祭のたびごとに、ピラトは人々が願い出る囚人ひとりを、ゆるしてやることにしていた。

15:7
 ここに、暴動を起し人殺しをしてつながれていた暴徒の中に、バラバという者がいた。

15:8
 群衆が押しかけてきて、いつものとおりにしてほしいと要求しはじめたので、

15:9
 ピラトは彼らにむかって、「おまえたちはユダヤ人の王をゆるしてもらいたいのか」と言った。

15:10
 それは、祭司長たちがイエスを引きわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトにわかっていたからである。

15:11
 しかし祭司長たちは、バラバの方をゆるしてもらうように、群衆を煽動した。

15:12
 そこでピラトはまた彼らに言った、「それでは、おまえたちがユダヤ人の王と呼んでいるあの人は、どうしたらよいか」。

15:13
 彼らは、また叫んだ、「十字架につけよ」。

15:14
 ピラトは言った、「あの人は、いったい、どんな悪事をしたのか」。すると、彼らは一そう激しく叫んで、「十字架につけよ」と言った。

15:15
 それで、ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引きわたした。

15:16
 兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の内に連れて行き、全部隊を呼び集めた。

15:17
 そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、

15:18
 「ユダヤ人の王、ばんざい」と言って敬礼をしはじめた。

15:19
 また、葦の棒でその頭をたたき、つばきをかけ、ひざまずいて拝んだりした。

15:20
 こうして、イエスを嘲弄したあげく、紫の衣をはぎとり、元の上着を着せた。それから、彼らはイエスを十字架につけるために引き出した。

15:21
 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父シモンというクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた。

15:22
 そしてイエスをゴルゴタ、その意味は、されこうべ、という所に連れて行った。

15:23
 そしてイエスに、没薬をまぜたぶどう酒をさし出したが、お受けにならなかった。

15:24
 それから、イエスを十字架につけた。そしてくじを引いて、だれが何を取るかを定めたうえ、イエスの着物を分けた。

15:25
 イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろであった。

15:26
 イエスの罪状書きには「ユダヤ人の王」と、しるしてあった。

15:27
 また、イエスと共にふたりの強盗を、ひとりを右に、ひとりを左に、十字架につけた。

〔 15:28こうして「彼は罪人たちのひとりに数えられた」と書いてある言葉が成就したのである。〕

15:29
 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「ああ、神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ、

15:30
 十字架からおりてきて自分を救え」。

15:31
 祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、かわるがわる嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。

15:32
 イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」。また、一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。

15:33
 昼の十二時になると、全地は暗くなって、三時に及んだ。

15:34
 そして三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

15:35
 すると、そばに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「そら、エリヤを呼んでいる」。

15:36
 ひとりの人が走って行き、海綿に酢いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとして言った、「待て、エリヤが彼をおろしに来るかどうか、見ていよう」。

15:37
 イエスは声高く叫んで、ついに息をひきとられた。

15:38
 そのとき、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。

15:39
 イエスにむかって立っていた百卒長は、このようにして息をひきとられたのを見て言った、「まことに、この人は神の子であった」。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(マルコによる福音 15:1-39)
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み言葉について
(マルコによる福音 15:1-39)
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(マルコによる福音 15:1-39)
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(イザヤ書 50:4-7)

50:4
 主なる神は教をうけた者の舌をわたしに与えて、
疲れた者を言葉をもって助けることを知らせ、
また朝ごとにさまし、わたしの耳をさまして、
教をうけた者のように聞かせられる。

50:5
 主なる神はわたしの耳を開かれた。
わたしは、そむくことをせず、
退くことをしなかった。

50:6
 わたしを打つ者に、わたしの背をまかせ、
わたしのひげを抜く者に、わたしのほおをまかせ、
恥とつばきとを避けるために、
顔をかくさなかった。

50:7
 しかし主なる神はわたしを助けられる。
それゆえ、わたしは恥じることがなかった。
それゆえ、わたしは顔を火打石のようにした。
わたしは決してはずかしめられないことを知る。

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(ピリピ人への手紙 2:6-11)

2:6
 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、

2:7
 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、

2:8
 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。

2:9
 それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。

2:10
 それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、

2:11
 また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。

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†主の平安

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* 口語訳聖書
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 Today's Bible story *

March 24, 2024

Have a good day!

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Palm Sunday of the Lord’s Passion

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(At the Procession with Palms - Gospel:Mark 11:1-10)*

(Gospel : Mark 14:1--15:47)*

OR

Mark 15:1-39

1 Immediately in the morning the chief priests, with the elders, scribes, and the whole council, held a consultation, bound Jesus, carried him away, and delivered him up to Pilate.

2 Pilate asked him, “Are you the King of the Jews?”
He answered, “So you say.”

3 The chief priests accused him of many things.

4 Pilate again asked him, “Have you no answer? See how many things they testify against you!”

5 But Jesus made no further answer, so that Pilate marveled.

6 Now at the feast he used to release to them one prisoner, whomever they asked of him.

7 There was one called Barabbas, bound with his fellow insurgents, men who in the insurrection had committed murder.

8 The multitude, crying aloud, began to ask him to do as he always did for them.

9 Pilate answered them, saying, “Do you want me to release to you the King of the Jews?”

10 For he perceived that for envy the chief priests had delivered him up.

11 But the chief priests stirred up the multitude, that he should release Barabbas to them instead.

12 Pilate again asked them, “What then should I do to him whom you call the King of the Jews?”

13 They cried out again, “Crucify him!”

14 Pilate said to them, “Why, what evil has he done?”
But they cried out exceedingly, “Crucify him!”

15 Pilate, wishing to please the multitude, released Barabbas to them, and handed over Jesus, when he had flogged him, to be crucified.

16 The soldiers led him away within the court, which is the Praetorium; and they called together the whole cohort.

17 They clothed him with purple; and weaving a crown of thorns, they put it on him.

18 They began to salute him, “Hail, King of the Jews!”

19 They struck his head with a reed and spat on him, and bowing their knees, did homage to him.

20 When they had mocked him, they took the purple cloak off him, and put his own garments on him. They led him out to crucify him.

21 They compelled one passing by, coming from the country, Simon of Cyrene, the father of Alexander and Rufus, to go with them that he might bear his cross.

22 They brought him to the place called Golgotha, which is, being interpreted, “The place of a skull.”

23 They offered him wine mixed with myrrh to drink, but he didn’t take it.

24 Crucifying him, they parted his garments among them, casting lots on them, what each should take.

25 It was the third hour when they crucified him.

26 The superscription of his accusation was written over him: “THE KING OF THE JEWS.”

27 With him they crucified two robbers, one on his right hand, and one on his left.

28 The Scripture was fulfilled which says, “He was counted with transgressors.”

29 Those who passed by blasphemed him, wagging their heads and saying, “Ha! You who destroy the temple and build it in three days,

30 save yourself, and come down from the cross!”

31 Likewise, also the chief priests mocking among themselves with the scribes said, “He saved others. He can’t save himself.

32 Let the Christ, the King of Israel, now come down from the cross, that we may see and believe him.” Those who were crucified with him also insulted him.

33 When the sixth hour had come, there was darkness over the whole land until the ninth hour.

34 At the ninth hour Jesus cried with a loud voice, saying, “Eloi, Eloi, lama sabachthani?” which is, being interpreted, “My God, my God, why have you forsaken me?”

35 Some of those who stood by, when they heard it, said, “Behold, he is calling Elijah.”

36 One ran, and filling a sponge full of vinegar, put it on a reed and gave it to him to drink, saying, “Let him be. Let’s see whether Elijah comes to take him down.”

37 Jesus cried out with a loud voice, and gave up the spirit.

38 The veil of the temple was torn in two from the top to the bottom.

39 When the centurion, who stood by opposite him, saw that he cried out like this and breathed his last, he said, “Truly this man was the Son of God!”

-----

Isaiah 50:4-7

4 The Lord Yahweh has given me the tongue of those who are taught,
that I may know how to sustain with words him who is weary.
He awakens morning by morning,
he awakens my ear to hear as those who are taught.

5 The Lord Yahweh has opened my ear.
I was not rebellious.
I have not turned back.

6 I gave my back to those who beat me,
and my cheeks to those who plucked off the hair.
I didn’t hide my face from shame and spitting.

7 For the Lord Yahweh will help me.
Therefore I have not been confounded.
Therefore I have set my face like a flint,
and I know that I won’t be disappointed.

-----

Philippians 2:6-11

6 who, existing in the form of God, didn’t consider equality with God a thing to be grasped,

7 but emptied himself, taking the form of a servant, being made in the likeness of men.

8 And being found in human form, he humbled himself, becoming obedient to the point of death, yes, the death of the cross.

9 Therefore God also highly exalted him, and gave to him the name which is above every name,

10 that at the name of Jesus every knee should bow, of those in heaven, those on earth, and those under the earth,

11 and that every tongue should confess that Jesus Christ is Lord, to the glory of God the Father.

-----

* The World English Bible
http://ebible.org/web/

◇ Daily Mass Reading Podcast For March 24, 2024
https://bible.usccb.org/podcasts/audio/daily-mass-reading-podcast-march-24-2024

◇ Daily Readings March 24, 2024
http://www.usccb.org/bible/readings/032424.cfm

◇ Abiding Radio Instrumental (BGM)
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◇ Today's Bible Story
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2024年03月23日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

良い一日を過ごしましょう!

四旬節第5土曜日

( 聖トゥリビオ −モングロベホ− 司教 )

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 11:45-56)

 マリヤのところにきて、イエスのなさったことを見た多くのユダヤ人たちは、イエスを信じた。

 しかし、そのうちの数人がパリサイ人たちのところに行って、イエスのされたことを告げた。

 そこで、祭司長たちとパリサイ人たちとは、議会を召集して言った、「この人が多くのしるしを行っているのに、お互は何をしているのだ。

 もしこのままにしておけば、みんなが彼を信じるようになるだろう。そのうえ、ローマ人がやってきて、わたしたちの土地も人民も奪ってしまうであろう」。

 彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った、「あなたがたは、何もわかっていないし、

 ひとりの人が人民に代って死んで、全国民が滅びないようになるのがわたしたちにとって得だということを、考えてもいない」。

 このことは彼が自分から言ったのではない。彼はこの年の大祭司であったので、預言をして、イエスが国民のために、

 ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっていると、言ったのである。

 彼らはこの日からイエスを殺そうと相談した。

 そのためイエスは、もはや公然とユダヤ人の間を歩かないで、そこを出て、荒野に近い地方のエフライムという町に行かれ、そこに弟子たちと一緒に滞在しておられた。

 さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、多くの人々は身をきよめるために、祭の前に、地方からエルサレムへ上った。

 人々はイエスを捜し求め、宮の庭に立って互に言った、「あなたがたはどう思うか。イエスはこの祭にこないのだろうか」。

-----

<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 11:45-56)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_116_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 11:45-56)

 エゼキエルの預言とカイアファの預言。

全ての預言は、キリストによって成就されていきますが、そこで不思議に、また面白いと感じることは、神様は人間の過ちによって成されたものをも上手く利用されるということです。

カイアファの「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」という言葉は、イエスを死に追いやることの意味を人間的な考え、政治的な考えから、イスラエルの安全と平和を考慮(計算)して訴えているものであったのに、最終的に神様はイエスのその死が、イスラエルだけでなく全世界の救いとなることを意味するものと高められたわけで、私たちはここに神様の計らいの限りなさを見ることが出来ます。

 実際に私たちの犯した過ちをも、後にはすごい恵にかえて下さり、私たちの悲しみを思いもよらない形で喜びにかえて下さったことを私たちは幾度となく体験しているわけです。

 「私は傷をもっている。
     でも、その傷のところから、
        あなたの優しさがしみてくる」 (星野富弘)

mickey sdb

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_83.htm#116
より転載

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
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 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

四旬節第5土曜日

( 聖トゥリビオ −モングロベホ− 司教 )

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 11:45-56)

11:45
 マリヤのところにきて、イエスのなさったことを見た多くのユダヤ人たちは、イエスを信じた。

11:46
 しかし、そのうちの数人がパリサイ人たちのところに行って、イエスのされたことを告げた。

11:47
 そこで、祭司長たちとパリサイ人たちとは、議会を召集して言った、「この人が多くのしるしを行っているのに、お互は何をしているのだ。

11:48
 もしこのままにしておけば、みんなが彼を信じるようになるだろう。そのうえ、ローマ人がやってきて、わたしたちの土地も人民も奪ってしまうであろう」。

11:49
 彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った、「あなたがたは、何もわかっていないし、

11:50
 ひとりの人が人民に代って死んで、全国民が滅びないようになるのがわたしたちにとって得だということを、考えてもいない」。

11:51
 このことは彼が自分から言ったのではない。彼はこの年の大祭司であったので、預言をして、イエスが国民のために、

11:52
 ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっていると、言ったのである。

11:53
 彼らはこの日からイエスを殺そうと相談した。

11:54
 そのためイエスは、もはや公然とユダヤ人の間を歩かないで、そこを出て、荒野に近い地方のエフライムという町に行かれ、そこに弟子たちと一緒に滞在しておられた。

11:55
 さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、多くの人々は身をきよめるために、祭の前に、地方からエルサレムへ上った。

11:56
 人々はイエスを捜し求め、宮の庭に立って互に言った、「あなたがたはどう思うか。イエスはこの祭にこないのだろうか」。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 11:45-56)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_116_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 11:45-56)

 エゼキエルの預言とカイアファの預言。

全ての預言は、キリストによって成就されていきますが、そこで不思議に、また面白いと感じることは、神様は人間の過ちによって成されたものをも上手く利用されるということです。

カイアファの「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」という言葉は、イエスを死に追いやることの意味を人間的な考え、政治的な考えから、イスラエルの安全と平和を考慮(計算)して訴えているものであったのに、最終的に神様はイエスのその死が、イスラエルだけでなく全世界の救いとなることを意味するものと高められたわけで、私たちはここに神様の計らいの限りなさを見ることが出来ます。

 実際に私たちの犯した過ちをも、後にはすごい恵にかえて下さり、私たちの悲しみを思いもよらない形で喜びにかえて下さったことを私たちは幾度となく体験しているわけです。

 「私は傷をもっている。
     でも、その傷のところから、
        あなたの優しさがしみてくる」 (星野富弘)

mickey sdb

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_83.htm#116
より転載

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(エゼキエル書 37:21-28)

37:21
 あなたは彼らに言え。主なる神は、こう言われる、見よ、わたしはイスラエルの人々を、その行った国々から取り出し、四方から彼らを集めて、その地にみちびき、

37:22
 その地で彼らを一つの民となしてイスラエルの山々におらせ、ひとりの王が彼ら全体の王となり、彼らは重ねて二つの国民とならず、再び二つの国に分れない。

37:23
 彼らはまた、その偶像と、その憎むべきことどもと、もろもろのとがとをもって、身を汚すことはない。わたしは彼らを、その犯したすべての背信から救い出して、これを清める。そして彼らはわが民となり、わたしは彼らの神となる。

37:24
 わがしもべダビデは彼らの王となる。彼らすべての者のために、ひとりの牧者が立つ。彼らはわがおきてに歩み、わが定めを守って行う。

37:25
 彼らはわがしもべヤコブに、わたしが与えた地に住む。これはあなたがたの先祖の住んだ所である。そこに彼らと、その子らと、その子孫とが永遠に住み、わがしもべダビデが、永遠に彼らの君となる。

37:26
 わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。これは彼らの永遠の契約となる。わたしは彼らを祝福し、彼らをふやし、わが聖所を永遠に彼らの中に置く。

37:27
 わがすみかは彼らと共にあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわが民となる。

37:28
 そしてわが聖所が永遠に、彼らのうちにあるようになるとき、諸国民は主なるわたしが、イスラエルを聖別する者であることを悟る」。

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†主の平安

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 Today's Bible story *

March 23, 2024

Have a good day!

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Saturday of the Fifth Week of Lent

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Gospel : John 11:45-56

45 Therefore many of the Jews who came to Mary and saw what Jesus did believed in him.

46 But some of them went away to the Pharisees and told them the things which Jesus had done.

47 The chief priests therefore and the Pharisees gathered a council, and said, “What are we doing? For this man does many signs.

48 If we leave him alone like this, everyone will believe in him, and the Romans will come and take away both our place and our nation.”

49 But a certain one of them, Caiaphas, being high priest that year, said to them, “You know nothing at all,

50 nor do you consider that it is advantageous for us that one man should die for the people, and that the whole nation not perish.”

51 Now he didn’t say this of himself, but being high priest that year, he prophesied that Jesus would die for the nation,

52 and not for the nation only, but that he might also gather together into one the children of God who are scattered abroad.

53 So from that day forward they took counsel that they might put him to death.

54 Jesus therefore walked no more openly among the Jews, but departed from there into the country near the wilderness, to a city called Ephraim. He stayed there with his disciples.

55 Now the Passover of the Jews was at hand. Many went up from the country to Jerusalem before the Passover, to purify themselves.

56 Then they sought for Jesus and spoke with one another as they stood in the temple, “What do you think?that he isn’t coming to the feast at all?”

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Ezekiel 37:21-28

21 Say to them, ‘The Lord Yahweh says: “Behold, I will take the children of Israel from among the nations where they have gone, and will gather them on every side, and bring them into their own land.

22 I will make them one nation in the land, on the mountains of Israel. One king will be king to them all. They will no longer be two nations. They won’t be divided into two kingdoms any more at all.

23 They won’t defile themselves any more with their idols, nor with their detestable things, nor with any of their transgressions; but I will save them out of all their dwelling places in which they have sinned, and will cleanse them. So they will be my people, and I will be their God.

24 “ ‘ “My servant David will be king over them. They all will have one shepherd. They will also walk in my ordinances and observe my statutes, and do them.

25 They will dwell in the land that I have given to Jacob my servant, in which your fathers lived. They will dwell therein, they, and their children, and their children’s children, forever. David my servant will be their prince forever.

26 Moreover I will make a covenant of peace with them. It will be an everlasting covenant with them. I will place them, multiply them, and will set my sanctuary among them forever more.

27 My tent also will be with them. I will be their God, and they will be my people.

28 The nations will know that I am Yahweh who sanctifies Israel, when my sanctuary is among them forever more.” ’ ”

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* The World English Bible
http://ebible.org/web/

◇ Daily Mass Reading Podcast For March 23, 2024
https://bible.usccb.org/podcasts/audio/daily-mass-reading-podcast-march-23-2024

◇ Daily Readings March 23, 2024
http://www.usccb.org/bible/readings/032324.cfm

◇ Abiding Radio Instrumental (BGM)
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

◇ Today's Bible Story
http://todaysbiblestory.seesaa.net/

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2024年03月22日

 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

四旬節第5金曜日

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<今日の聖書物語 *>

(ヨハネによる福音 10:31-42)

10:31
 そこでユダヤ人たちは、イエスを打ち殺そうとして、また石を取りあげた。

10:32
 すると イエスは彼らに答えられた、「わたしは、父による多くのよいわざを、あなたがたに示した。その中の どのわざのために、わたしを石で打ち殺そうとするのか」。

10:33
 ユダヤ人たちは答えた、「あなたを石で殺そうとするのは、よいわざをしたからではなく、神を汚したからである。また、あなたは人間であるのに、自分を神としているからである」。

10:34
 イエスは彼らに答えられた、「あなたがたの律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と書いてあるでは ないか。

10:35
 神の言を託された人々が、神々といわれておるとすれば、(そして聖書の言は、すたることがあり得ない)

10:36
 父が聖別して、世につかわされた者が、『わたしは神の子である』と言ったからとて、どうして『あなたは神を汚す者だ』と言うのか。

10:37
 もし わたしが父のわざを行わないとすれば、わたしを信じなくてもよい。

10:38
 しかし、もし行っているなら、たといわたしを信じなくても、わたしのわざを信じるがよい。そうすれば、父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう」。

10:39
 そこで、彼らはまたイエスを捕えようとしたが、イエスは彼らの手をのがれて、去って行かれた。

10:40
 さて、イエスは またヨルダンの向こう岸、すなわち、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた所に行き、そこに滞在しておられた。

10:41
 多くの人々がイエスのところにきて、互に言った、「ヨハネはなんのしるしも行わなかったが、ヨハネが このかたについて言ったことは、皆ほんとうであった」。

10:42
 そして、そこで多くの者がイエスを信じた。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(ヨハネによる福音 10:31-42)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_115_1.mp3

み言葉について
(ヨハネによる福音 10:31-42)

 よく、「自分を信じなさい」とか、「自信を持って生きなさい」という言葉を聞きます。

しかし、はたして その自信は どこから来るのでしょうか?

下手をすると、その自信は、「自分が一番だ」とか、「他の人よりも自分は優れている」という傲慢な態度から来ていることがあります。

しかし そんな自信は すぐに打ち砕かれてしまいます。

自信を持って生きるとは いったいどういうこと なんでしょうか。

 今日の福音でイエスは、ユダヤ人たちから石で打ち殺されそうな状況の中で、「父がわたしの内におられ、私が父の内にいる」と言って、毅然とした態度を示しています。

私たちは、どんなに苦しい状況にあっても、うまく いかないとこがあっても、あきらめてしまうのではなく、いつも神様は 自分と共にいるということを思い起こすことが大切です。

この神様に信頼して歩んでいくとき、私たちのうちに本当の確固とした自信があふれてきます。

 神様は私たち一人一人を呼んで下さっています。

しかし、すべてがスムーズに行くわけではありません。

いろんな困難があります。

しかし、そんな中にあっても神様は必ず共にいて、導いてくださっています。

この神様に信頼して歩んでいきましょう。

Tsujiie

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_82.htm#115
より転載

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(エレミヤ書 20:10-13)

20:10
 多くの人のささやくのを聞くからです。
恐れが四方にあります。
「告発せよ。さあ、彼を告発しよう」と言って、
わが親しい友は皆
わたしのつまずくのを、うかがっています。
また、「彼は欺かれるだろう。
そのとき、われわれは彼に勝って、
あだを返すことができる」と言います。

20:11
 しかし主は強い勇士のように
わたしと共におられる。
それゆえ、わたしに迫りくる者はつまずき、
わたしに打ち勝つことはできない。
彼らは、なし遂げることができなくて、
大いに恥をかく。
その恥は、いつまでも忘れられることはない。

20:12
 正しき者を試み、
人の心と思いを見られる万軍の主よ、
あなたが彼らに、
あだを返されるのを見せてください。
わたしはあなたに、わたしの訴えを
お任せしたからです。

20:13
 主に向かって歌い、主をほめたたえよ。
主は貧しい者の命を、
悪人の手から救われたからである。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

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