2017年12月22日

 Kyohno Seisho Monogatari (s)

今日も一日良い日でありますように!

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☆今日の聖書物語 *

ルカによる福音 1:46-56

 するとマリヤは言った、
「わたしの魂は主をあがめ、

 わたしの霊は救主なる神をたたえます。

 この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。
今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、

 力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。
そのみ名はきよく、

 そのあわれみは、代々限りなく
主をかしこみ恐れる者に及びます。

 主はみ腕をもって力をふるい、
心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、

 権力ある者を王座から引きおろし、
卑しい者を引き上げ、

 飢えている者を良いもので飽かせ、
富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。

 主は、あわれみをお忘れにならず、
その僕イスラエルを助けてくださいました、

 わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを
とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。

 マリヤは、エリサベツのところに三か月ほど滞在してから、家に帰った。

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☆今日の『み言葉』

ルカによる福音 1:46-56

 私たちは「自分の器」以上に恵みを受け取ることはできません。ですから、ある人に自分よりたくさんの恵みが注がれているのを見てうらやむのはおかしなことで、気付いてみれば、自分にも充分以上の恵みが注がれているものです。では、私たちがマリアさまに向かって「しあわせな方」と呼ぶとき、どんな意味においてそう言うのでしょう。それは、うらやましい…というよりも純粋に祝福の気持ちを表したものであり、また、大きな器を持っていることへの賞賛でもあります。しかし、マリアさまの幸せは「大きな器を持っていること」に留まらず、そのことに自分で気付いていることにもあります。頂いた器の大きさを知っていればこそ、それを水平に保ち、最大限に恵みを受け取ることができるのです。

 私たちも、自らの器を水平に保つことができれば縁の縁まで恵みで満たされ、マリアさまと喜びを共有できるようになるのでしょう。

ENO

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_24.htm#23
より転載

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◇ December 22, 2017 Daily Mass Reading
http://ccc.usccb.org/cccradio/NABPodcasts/17_12_22.mp3

◇ Daily Readings December 22, 2017
http://www.usccb.org/bible/readings/122217.cfm

†主の平安

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posted by marion at 11:31| 千葉 ☁| 本/雑誌 | 更新情報をチェックする