今日も一日良い日でありますように!
(聖ベダ司教教会博士)
(聖グレゴリオ7世教皇)
(聖マリア・マグダレナ −パッジ− おとめ)
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☆今日の聖書物語 *
マルコによる福音 10:1-12
10:1
それから、イエスはそこを去って、ユダヤの地方とヨルダンの向こう側へ行かれたが、群衆がまた寄り集まったので、いつものように、また教えておられた。
10:2
そのとき、パリサイ人たちが近づいてきて、イエスを試みようとして質問した、「夫はその妻を出しても差しつかえないでしょうか」。
10:3
イエスは答えて言われた、「モーセはあなたがたになんと命じたか」。
10:4
彼らは言った、「モーセは、離縁状を書いて妻を出すことを許しました」。
10:5
そこでイエスは言われた、「モーセはあなたがたの心が、かたくななので、あなたがたのためにこの定めを書いたのである。
10:6
しかし、天地創造の初めから、『神は人を男と女とに造られた。
10:7
それゆえに、人はその父母を離れ、
10:8
ふたりの者は一体となるべきである』。彼らはもはや、ふたりではなく一体である。
10:9
だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。
10:10
家にはいってから、弟子たちはまたこのことについて尋ねた。
10:11
そこで、イエスは言われた、「だれでも、自分の妻を出して他の女をめとる者は、その妻に対して姦淫を行うのである。
10:12
また妻が、その夫と別れて他の男にとつぐならば、姦淫を行うのである」。
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☆今日の『み言葉』
み言葉の朗読を聴こう!
マルコによる福音 10:1-12
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_73_1.mp3
み言葉について
マルコによる福音 10:1-12
http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_176.htm#73
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ヤコブの手紙 5:9-12
5:9
兄弟たちよ。互に不平を言い合ってはならない。さばきを受けるかも知れないから。見よ、さばき主が、すでに戸口に立っておられる。
5:10
兄弟たちよ。苦しみを耐え忍ぶことについては、主の御名によって語った預言者たちを模範にするがよい。
5:11
忍び抜いた人たちはさいわいであると、わたしたちは思う。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いている。また、主が彼になさったことの結末を見て、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかが、わかるはずである。
5:12
さて、わたしの兄弟たちよ。何はともあれ、誓いをしてはならない。天をさしても、地をさしても、あるいは、そのほかのどんな誓いによっても、いっさい誓ってはならない。むしろ、「しかり」を「しかり」とし、「否」を「否」としなさい。そうしないと、あなたがたは、さばきを受けることになる。
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コリント人への第二の手紙 5:1-21
5:1
わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。
5:2
そして、天から賜わるそのすみかを、上に着ようと切に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえている。
5:3
それを着たなら、裸のままではいないことになろう。
5:4
この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえている。それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためである。
5:5
わたしたちを、この事にかなう者にして下さったのは、神である。そして、神はその保証として御霊をわたしたちに賜わったのである。
5:6
だから、わたしたちはいつも心強い。そして、肉体を宿としている間は主から離れていることを、よく知っている。
5:7
わたしたちは、見えるものによらないで、信仰によって歩いているのである。
5:8
それで、わたしたちは心強い。そして、むしろ肉体から離れて主と共に住むことが、願わしいと思っている。
5:9
そういうわけだから、肉体を宿としているにしても、それから離れているにしても、ただ主に喜ばれる者となるのが、心からの願いである。
5:10
なぜなら、わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである。
5:11
このようにわたしたちは、主の恐るべきことを知っているので、人々に説き勧める。わたしたちのことは、神のみまえには明らかになっている。さらに、あなたがたの良心にも明らかになるようにと望む。
5:12
わたしたちは、あなたがたに対して、またもや自己推薦をしようとするのではない。ただわたしたちを誇る機会を、あなたがたに持たせ、心を誇るのではなくうわべだけを誇る人々に答えうるようにさせたいのである。
5:13
もしわたしたちが、気が狂っているのなら、それは神のためであり、気が確かであるのなら、それはあなたがたのためである。
5:14
なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである。わたしたちはこう考えている。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである。
5:15
そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。
5:16
それだから、わたしたちは今後、だれをも肉によって知ることはすまい。かつてはキリストを肉によって知っていたとしても、今はもうそのような知り方をすまい。
5:17
だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。
5:18
しかし、すべてこれらの事は、神から出ている。神はキリストによって、わたしたちをご自分に和解させ、かつ和解の務をわたしたちに授けて下さった。
5:19
すなわち、神はキリストにおいて世をご自分に和解させ、その罪過の責任をこれに負わせることをしないで、わたしたちに和解の福音をゆだねられたのである。
5:20
神がわたしたちをとおして勧めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの使者なのである。そこで、キリストに代って願う、神の和解を受けなさい。
5:21
神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。
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†主の平安
* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/
☆ 教会カレンダー
http://www.pauline.or.jp/calendariocappella/
☆ 今週の聖書朗読 (新共同訳)(イエスのカリタス修道女会)
http://www.m-caritas.jp/reading.html
☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html
◇ May 25, 2018 Daily Mass Reading
http://ccc.usccb.org/cccradio/NABPodcasts/18_05_25.mp3
◇ Daily Readings May 25, 2018
http://www.usccb.org/bible/readings/052518.cfm
◇ Liturgical Calendar
http://www.catholicnewsagency.com/calendarday.php?date=2018-05-25
◇ Zondervan King James Audio Bible
http://www.biblegateway.com/audio/dramatized/kjv/Mark.10
◇ King James Version Bible Online
http://www.kingjamesbibleonline.org/book.php?book=Mark&chapter=10&verse=
◇ Douay-Rheims Bible
http://www.drbo.org/
◇ The World English Bible
http://ebible.org/web/
☆ カトリック千葉寺教会
http://www.chibaderacatholic.jp/access.html
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2018年05月25日
Kyohno Seisho Monogatari
posted by marion at 00:30| 千葉 ☔| 本/雑誌
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