2024年01月31日

 Kyohno Seisho Monogatari

良い一日を過ごしましょう!

年間第4水曜日

聖ヨハネ:ボスコ司祭(記)

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<今日の聖書物語 *>

(マルコによる福音 6:1-6)

6:1
 イエスはそこを去って、郷里に行かれたが、弟子たちも従って行った。

6:2
 そして、安息日になったので、会堂で教えはじめられた。それを聞いた多くの人々は、驚いて言った、「この人は、これらのことをどこで習ってきたのか。また、この人の授かった知恵はどうだろう。このような力あるわざがその手で行われているのは、どうしてか。

6:3
 この人は大工ではないか。マリヤのむすこで、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。またその姉妹たちも、ここにわたしたちと一緒にいるではないか」。こうして彼らはイエスにつまずいた。

6:4
 イエスは言われた、「預言者は、自分の郷里、親族、家以外では、どこででも敬われないことはない」。

6:5
 そして、そこでは力あるわざを一つもすることができず、ただ少数の病人に手をおいていやされただけであった。

6:6
 そして、彼らの不信仰を驚き怪しまれた。
それからイエスは、附近の村々を巡りあるいて教えられた。

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<今日の『み言葉』>

み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(マルコによる福音 6:1-6)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_53_1.mp3

み言葉について
(マルコによる福音 6:1-6)

 今日の福音に描かれているのは、イエスの真の姿を見ることのできない故郷の人たちです。

彼らはイエスの言葉を直接聞いていますし、そのわざも見ています。

それでもそこに神のわざを見ることができなかったのです。

それは目が曇っていたから、別な言い方をすれば、すごく汚れたメガネをかけているような状態でイエスを見ていたからです。

イエスを直接見ていた彼らがそこに神様を見ることができなかったということは、直接見ていない私たちは、よほど意識して自分の汚れたメガネを外さなければ、神を見ることも信じることもできないと思います。

 偏見、先入観、固定観念、自分の経験を絶対視すること・・・、これらははじめから相手を裁いてしまっているめがねです。

それらのめがねを取り外さない限り、私たちはイエスと出会うことができません。

逆に言えば、目の前の人と真摯に関わり、相手の身になって思いやりの心を持って接する時、私たちはそこでイエスに出会うことができるのです。

こうして私たちは、自分の汚れたメガネをはずしていけばいくほど、イエスの真の姿が見えてきます。

Tsujiie

http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_156.htm#53
より転載

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(サムエル記下 24:2,9-17)

24:2
 そこで王はヨアブおよびヨアブと共にいる軍の長たちに言った、「イスラエルのすべての部族のうちを、ダンからベエルシバまで行き巡って民を数え、わたしに民の数を知らせなさい」。

24:9
 そしてヨアブは民の総数を王に告げた。すなわちイスラエルには、つるぎを抜く勇士たちが八十万あった。ただしユダの人々は五十万であった。

24:10
 しかしダビデは民を数えた後、心に責められた。そこでダビデは主に言った、「わたしはこれをおこなって大きな罪を犯しました。しかし主よ、今どうぞしもべの罪を取り去ってください。わたしはひじょうに愚かなことをいたしました」。

24:11
 ダビデが朝起きたとき、主の言葉はダビデの先見者である預言者ガデに臨んで言った、

24:12
 「行ってダビデに言いなさい、『主はこう仰せられる、「わたしは三つのことを示す。あなたはその一つを選ぶがよい。わたしはそれをあなたに行うであろう」と』」。

24:13
 ガデはダビデのもとにきて、彼に言った、「あなたの国に三年のききんをこさせようか。あなたが敵に追われて三か月敵の前に逃げるようにしようか。それとも、あなたの国に三日の疫病をおくろうか。あなたは考えて、わたしがどの答を、わたしをつかわされた方になすべきかを決めなさい」。

24:14
 ダビデはガデに言った、「わたしはひじょうに悩んでいますが、主のあわれみは大きいゆえ、われわれを主の手に陥らせてください。わたしを人の手には陥らせないでください」。

24:15
 そこで主は朝から定めの時まで疫病をイスラエルに下された。ダンからベエルシバまでに民の死んだ者は七万人あった。

24:16
 天の使が手をエルサレムに伸べてこれを滅ぼそうとしたが、主はこの害悪を悔い、民を滅ぼしている天の使に言われた、「もはや、じゅうぶんである。今あなたの手をとどめるがよい」。その時、主の使はエブスびとアラウナの打ち場のかたわらにいた。

24:17
 ダビデは民を撃っている天の使を見た時、主に言った、「わたしは罪を犯しました。わたしは悪を行いました。しかしこれらの羊たちは何をしたのですか。どうぞあなたの手をわたしとわたしの父の家に向けてください」。

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†主の平安

☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental

* 口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

☆ 日本聖書協会 聖書本文検索
http://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

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posted by marion at 00:50| 千葉 ☀| 本/雑誌 | 更新情報をチェックする