良い一日を過ごしましょう!
年間第2金曜日
聖フランシスコ・サレジオ司教教会博士(記)
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<今日の聖書物語 *>
(マルコによる福音 3:13-19)
3:13
さてイエスは山に登り、みこころにかなった者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとにきた。
3:14
そこで十二人をお立てになった。彼らを自分のそばに置くためであり、さらに宣教につかわし、
3:15
また悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。
3:16
こうして、この十二人をお立てになった。そしてシモンにペテロという名をつけ、
3:17
またゼベダイの子ヤコブと、ヤコブの兄弟ヨハネ、彼らにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。
3:18
つぎにアンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、
3:19
それからイスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。
イエスが家にはいられると、
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<今日の『み言葉』>
み言葉の朗読を聴こう!(新共同訳)
(マルコによる福音 3:13-19)
http://www.donboscojp.org/sdblogos/images/sc4_43_1.mp3
み言葉について
(マルコによる福音 3:13-19)
今日の福音ではイエスが弟子たちを選ぶ場面が描かれています。
選ばれた12人は漁師であったり、徴税人であったり、「雷の子ら」と言われる兄弟であったりと、どうみても優れた存在だと思えません。
しかし、彼らはイエスが「これと思う人々」であったわけです。
私たち自身をふりかえってみましょう。なぜ自分が信仰を得たのでしょうか?
考えてみると何か特別だからとか何かに優れているからとかいうわけでは勿論ありません。
それでは、なぜでしょうか?
イエスが私たち一人ひとりを「これと思う人」として呼んでくださったからに他なりません。
信仰は神からの恵みです。
今日もう一度そのことを思い起こし、感謝のうちにこの喜びに生きる一日にしたいものです。
hiro
http://www.donboscojp.org/sdblogos/C4_146.htm#43
より転載
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(ヘブル人への手紙 8:6-13)
8:6
ところがキリストは、はるかにすぐれた務を得られたのである。それは、さらにまさった約束に基いて立てられた、さらにまさった契約の仲保者となられたことによる。
8:7
もし初めの契約に欠けたところがなかったなら、あとのものが立てられる余地はなかったであろう。
8:8
ところが、神は彼らを責めて言われた、
「主は言われる、見よ、
わたしがイスラエルの家およびユダの家と、
新しい契約を結ぶ日が来る。
8:9
それは、わたしが彼らの先祖たちの手をとって、
エジプトの地から導き出した日に、
彼らと結んだ契約のようなものではない。
彼らがわたしの契約にとどまることをしないので、
わたしも彼らをかえりみなかったからであると、
主が言われる。
8:10
わたしが、それらの日の後、イスラエルの家と立てようとする契約はこれである、と主が言われる。
すなわち、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、
彼らの心に書きつけよう。
こうして、わたしは彼らの神となり、
彼らはわたしの民となるであろう。
8:11
彼らは、それぞれ、その同胞に、
また、それぞれ、その兄弟に、
主を知れ、と言って教えることはなくなる。
なぜなら、大なる者から小なる者に至るまで、
彼らはことごとく、
わたしを知るようになるからである。
8:12
わたしは、彼らの不義をあわれみ、
もはや、彼らの罪を思い出すことはしない」。
8:13
神は、「新しい」と言われたことによって、初めの契約を古いとされたのである。年を経て古びたものは、やがて消えていく。
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†主の平安
☆ (BGM) Abiding Radio Instrumental
https://www.abidingradio.org/radio/instrumental
* 口語訳聖書
https://pebutty.net/kougo/
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2025年01月24日
Kyohno Seisho Monogatari
posted by marion at 00:32| 千葉 ☁| 本/雑誌
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